GirlishGape


 勅令、は突然にやってきた。


 その日のお弁当は、カボチャの煮付けとほうれん草のゴマ和えとウィンナーエッグ(味付けは醤油←重要)とプチトマト3個、とごはん(のり卵ふりかけ)。
 その日の昼休みの話題は昨夜のドラマ。振り込め詐欺の犯人グループのアジトを突き止めた県警の有藤警部が部下の喜屋刑事と乗り込んだところ、犯人アジトであるアパートのドアが開くなり獰猛な番犬が飛び出してきた。噛み付かれた喜屋刑事が腕を負傷するも番犬を取り押さえ、その隙に室内に踏み込んだ有藤警部、目を見開いて画面は階調反転、わざとらしくドモって一言、「こ、これはっ」次週につづく。
 ───おいおい?
(インテリ風味な喜屋刑事はともかく、冴えないオヤジだけど美味しい場面は外さない有藤警部ファンのあたしとしては、今回の脚本は許せないよ!)
 などなど、チーコと夏野(この2人は喜屋刑事派)とごはん食べながらドラマの話に夢中になっているとき。
 それは来た。
住吉実子(すみよし-みこ)さん?」
(ん?)
 突然の呼び掛けに実子は顔を上げた。次に「いっ!?」と奇声を発し腰を浮かせた。本能的に逃げたくなったからだ。
 いつのまにか実子の机の周りでは1−Fのクラスメイトたちが十戒の大海よろしくキレイに道を空けて、実子のほうを伺っている。ある者は奇異の目で、ある者は困惑しながら。
(な、なにっ!?)
(あたし、なんかしたっ?)
 人波を割ったのはモーゼではもちろん無く、2人の女生徒。ひとりはわずかに顎をあげて、ジロジロと実子を値踏みする。もうひとりは一歩後ろで、両腕を組んでそれを静観していた。
「住、あんた、なにやったの」
 夏野が小声で訊いてきた。その表情は他のクラスメイトと同じ、訝しみが込められていた。
「なにって」
「だって、この人たち…」
 おそるおそる夏野が視線を向けるのでそれに倣う。実子は改めて2人の顔を見た。(…あれ?)どこかで見た顔だ。ワイシャツの襟章が示す学年は「2」。(なんで2年が1年の教室に来るのよ!)ブレザーの襟には校章。そしてもうひとつ、一般生徒には無い四角い記章があった。「げっ」と実子は呟く。
 四角い記章は通称「サ紋」という。
 それが示す意味を知らない者はこの学校にはいない。
(───生徒会だ)
 実子は血の気が引くのを感じた。理由なんか知らない、権力には自然と畏怖するものだ。そう、つい先日、中間考査の数学の結果について職員室に呼び出されたときの気持ちに似ている。
 実子が逃げ腰になっていると上級生は鼻白んだように目を細めた。
「住吉実子さん? 返事は?」
「ぅあ、はいっ」
「アタシが誰かは、もちろん知ってるわね?」
(うわー…)
 この言い草。何様ですか、あなた。と、感心してる場合ではない。返事をしなければ。
「あの、2年の…、(さい)先輩」
「それだけ?」
「ぇと、生徒会長になった…」
「そう、よくできました」
 すると実子の鼻先に白い紙をぶらさげられた。まるで捜査令状を掲げる有藤警部のようだった。有藤警部は罪状を言い渡したが、目の前の上級生は毅然とした声でこう言った。
「1年F組、住吉実子。あなたを薪坂千鶴(まきざかちづる)学園中等部第21代生徒会執行部書記に任命します」
「は?」
「解ったら復唱して」
「…ぇ?」
「このプリントにサインしなさい。住吉さんの担任と部活動顧問と部長にも話を通さなきゃいけないの、あなた何部だったかしら? それから生徒会の顧問が教頭だってことは知ってるでしょ? そっちにも挨拶行かなきゃいけないから、いつ時間ある?」
 実子は決して口下手ではないが、反論の隙を与えない饒舌ぶりに完全に圧されてしまった。
(ちょっと待ってってば!)
「みすず」
 斉の背後から静かな声がかかる。
「言葉に気をつけろ。相手には辞退する権利もあるんだからな」
 その言葉に斉は反応し振り返った。追い詰められていた実子は(たすかった!)と息を吐く。
「そんな権利、無いわよ。アタシの勅令だもの。それに言葉遣いに関しては、あんたには言われたくないね」
「考える時間くらいくれてやれ」
「まったくもぉ、ミカはのんびりさんなんだから」
「おまえがせっかちなんだ」
 教室中の視線を集めていることなど気にも留めず2人の上級生は勝手に不穏な空気を作り上げている。
 さっき、実子を追い詰めていたほうの上級生は、つい先日生徒会長に就任したこともあり実子は名前と顔を知っていた。もうひとりのほうは知らない。
「しょうがないか」と斉が振り返る。「───じゃあ今日の放課後、生徒会室にいらっしゃい。いいわね」
 実子の返事を待たずに2人は1−Fの教室を後にする。
 こうして嵐の一陣は通り過ぎていった。





 先程、ご紹介与りましたとおり、住吉実子、13歳。半年前に小学校を卒業して、今は私立薪坂千鶴学園の中等部に通っている。ちなみに女子校。
 先日、文化祭も終わった10月に生徒会の引き継ぎが行われた。この学校の生徒会執行部員選出方法はちょっと変わっている。「会長」は前期生徒会による指名制で全校生徒による信任投票の末に決定。他の役職については新会長の推挙が許されている。これは会長に与えられる最初の権限である。
 今回、前期生徒会から指名されたのは、前期の副会長をしていた2年生だった。信任投票も特に揉めることなく、全校生徒540人中、521人の信任票を得て当選した。
 その際の挨拶はこう。
「ま、とーぜんですよね」
 と、壇上で臆することなくマイクを構え言い放つ。高くハキハキした声は全校生徒が集まる講堂によく響いた。
「2年A組、斉みすず。アタシが会長になったからには、天網恢々疎にして漏らさず! 校内の不祥事は容赦しないから、そのつもりで」
 大半の生徒や教師陣が呆然としているのと対照的に、2年生の一部からは歓声が上がっていた。
「他、全役職の任命権はアタシにあるんですよね」
 新生徒会長は、引き継ぎが終わったばかりの前生徒会長に問う。
「それ、さっそく行使します。2−A、島田三佳(しまだ-みか)。───ミカ、あんたが副会長よ」
 実子は1−Fで、隣には2−Aが並んでいる。そのとき2−Aのほうから大きな溜息が聞こえたような気がした。さらにそれを慰めるような声も。
「諦めなって、ミカ。こうなることは判ってたでしょ?」
「拒否権は無いね。相手がみすずじゃあ」
 斉みすず。その人物の噂は実子の耳にも届いていた。中等部2年上位成績者の常連で生徒会副会長、人気者らしい、と。実子はこのとき初めて当人を見た。
(おもしろい人だな〜)
 そう思ってた。当然のように他人事として。それなのに。
 実子に勅令が下されたのは新生徒会長の新任挨拶から3日後のことだった。
(どうしてこんなコトに!?)



*  *  *

「今日の放課後、生徒会室にいらっしゃい。いいわね」

 怒濤の昼休みが終わって五限はイトーさんの古典。内職にはうってつけの時間。
(ええと…)
 2−Aにも登録してる先輩はいるけど、さっきのハリケーンのような2人に通じてしまう可能性もある。そうしたら後でどんな仕打ちを受けるかわかったもんじゃない。
(隣のクラス、誰かいたっけ? あ、いた)

[1F住吉です。授業中にすみませんm(_ _)m 新しい生徒会長と副会長って、どんな人ですか? お手透きでしたら教えてください]

 授業中なのだからお手透きのはずはない。それはこちらも同じだ。
 学内小規則(※たぶん後述)においては授業中の携帯端末の使用は処罰の対象、試験中のそれは実刑(※停学もしくは退学)の対象となる。情け容赦無く実行されるので、授業中、携帯端末をおおっぴらに使う生徒はいない。たとえ新入生でも、ひと月も経てばマナーモードのオン/オフを忘れない。しかし、それでも授業中の密かなコミュニケーションは学生の日常、教師の行動パターンを覚えては机の下でコソコソ。教室の中には当たり前のように電波が行き来している。

[ミコちゃん久しぶり〜(^□^)ノシ o0○(午後イチは眠いゼ) あいつらのこと訊いてくるなんて何があったんだ(^^;) どしたの?]
[実はかくかくしかじかなんです]
[そうか〜。そんな事情があったんだ〜(T_T) …って、わかるかっ(>_<#)つづく]
[つづき。斉(会長)と島田さん(副会長)は2年の名物コンビで2Aのドンだよ。揃って頭はイイし(斉のほうがちょっと上かな。あーでも科目によるかも)揃ってリーダー格なのね。そういうところが2Aでは重宝がられてるみたい。でも揃って我が強いというか…ごにょごにょ(陰口は言いたくないのよ。わかってネ)なんか知らんけど、関わらないほうが無難かな〜]

 当然、2Bの先輩は昼休みの出来事を知らない。
(もう…遅いですっ)

[もしかして、コワい人たちなんでしょうか? 性格悪いとか、後輩をいびるとか]

(そのテの上下関係はよくわかんないけど。あたし、無所属(※たぶん後述)だし)

[島田さんはよく知らないけど斉は(^^;)あいつはやばい(^^;) 3年もあの2人には手を出さないし(^^;) そんなヤクザなやつらが権力持っちゃった今年の生徒会は荒れると思うな〜(まじで)。他の役員になる人かわいそー(^o^)プププ。つづくよん]

(まだなにかあるんですかっ先輩っ)

[あの2人、つるんでるけど、ムチャ仲悪いんだよ。1年のとき大喧嘩して、それがあまりに酷かったから、クラスの連中が泣きついて双方に引いてもらったって逸話もあるくらいだし。それに去年、2人揃って警察沙汰になって停学くらってました(^□^)ノあは」

(け、警察!?)

[なんで、そんな人たちが生徒会なんですか〜]
[最初のメールにも書いたけど、2人とも頭良くてリーダー格だから]
[揃ってリーダー格って…、うまくいかなそうですよね]
[うん、でもタイプが違うんだよね。島田さんのほうは目立つの嫌いみたいで、斉はその逆だから、相性は悪いけどうまくいってるみたい。ミコちゃんも巻き込まれないように注意してね(>_<)]







つづく