キ/GG/1年11月
≪1/1≫
校内で一番長い廊下は本館１階の東。特別教室の並びから玄関ホールを横切って、さらに職員棟の廊下を通り抜け職員玄関まで。
その廊下の端に立つとなかなか壮観。教室１０個ぶんのまっすぐな廊下がずっと先まで続いている。かけっこができそうなくらい長い（玄関ホールで誰かとぶつからなければ）。
放課後になると特別教室の並びには人気(ひとけ)がなくひっそりとしている。日が落ちて廊下の照明が灯ると、辺りは余計に暗くなり窓に映るのは照明と自分の姿。外の景色は見えない。まるで地下通路のよう。長く続く廊下を、蛍光灯の並びだけを頼りに、足を進めるような。
＊ ＊ ＊
どうも最近、ミカの様子がへん。
機嫌が悪いみたい。普段からそういうの表すやつじゃないし、たまにあっても一日で治してくるのに、今回は違うみたい。
いつも以上に口数少ないし、イライラしてるし、人の話を聞いてないし、ぶっさいくな顔してるし。
クラスのみんなも気付いてるんだけど。そのへん解ってんの？
「みすずー。ミカ、どうしたの？ なんか知ってる？」
「知るかっ」
ほんと、イライラってのは伝染する。ミカの態度の悪さに引きずられて、こっちだってぶち切れる寸前。他人を気遣って取り繕う努力さえしないヤツに優しくできるか。
本人にずばり言ってその原因を吐かせてもいいけど、ミカは嫌がるだろうし、訊いたってなにも答えない。そういうヤツなの。
ほんと、なんなのよ。ここ数日。なんかあったっけ？
普段から一緒に行動してるんだから、変わったことがあるならアタシも気付くはず。
それとも、校外(そと)でのこと？ そんなもん、校内(なか)に持ち込むんじゃない！
放課後、いつものように教室から昇降口まで、お喋りしながら歩いているときのこと。
階段を降りたところで、クラスメイトたちの一番後ろを歩いていた三佳は足をとめた。
それに気付いて、先頭を歩いていたみすずが振りかえる。
「ミカ、どうしたの？」
目が合うと瞳が少しだけ揺れた。
「…」
「なーにー？」
「なんでもないよ」
その声がずいぶん不穏に響いてしまったことは三佳本人も気付いたようだ。バツの悪そうな顔して床に目を伏せる。みすずは歯噛みした。けれど気を取り直して、大きな仕草で腕を組む。
「は〜ぁあ」
わざとらしく溜め息。そして喧嘩を売った。
「あのね、そういう態度がいいかげん迷惑だってことに気付かないかなぁ！」
うわ言っちゃったよ、と他のコが顔色を変えた。みすずの一言で険悪な空気ができあがる。
三佳は顔を上げたが視線は微妙にずらして、投げ槍な態度で応えた。
「それは悪かった。先に帰ってくれ。私は頭を冷やしてくから」
「それができないから、ここ数日、教室に嫌な空気撒き散らしてるんでしょ？」
「わかった。じゃあ、もう来ない。それでいいだろ」
「はぁ？」
あまりに幼稚な発言にみすずを含めた一同は耳を疑った。けれど今のは冗談じゃない。三佳は本気だった。
「もう、いい」
「ミカっ」
「みすず、うるさい」
「アタシがうるさいのはいつものことでしょ？ あんたの不調のほうがよっぽどはた迷惑よ！」
「ちょー、ちょっと待って！ 落ち着いて、おちついて！」
「あんたたちの喧嘩は前ので懲りてるの！ 頼むからやめて！」
見かねたクラスメイトたちの仲裁が入る。けれどそれには耳を貸さず、みすずと三佳の睨み合いは少しばかり長く続いた。
先に引いたのは三佳のほうだった。
「もう、やめたい」
と、ずいぶん細い声で言う。
「は？」
「私は、…こんな温い生活するためにここにいるんじゃない」
三佳の目に涙が滲むのを見てみすずは舌打ちする。躊躇なく踏み出すと同時にカバンを振り上げて、三佳の頭が射程に入ると同時に容赦なく叩(はた)いた。クリーンヒット、三佳はその場に崩れた。
そのことに満足したのか、みすずは仁王立ちで息を吐く。振り返り、青くなってるクラスメイトに言った
「ミカ、具合悪いみたい」
「いや、倒れたのはあんたが殴ったせい……だよ、ね？」
「しょーがない、心優しいアタシが手を貸してやるかぁ。みんなは先に帰ってて」
なにも言えなくなったクラスメイトたちを、みすずは手を振りながら見送った。
「……みすず」
足下から恨めしそうな声がしてみすずはその場に腰を下ろした。三佳は頭を押さえながら上体を上げていた。
「他のコに泣き顔なんか見せたくないでしょ？ 感謝して欲しいわ」
「余計なお世話だ」
「で？ ここをやめて、他に行くとこあるの？」
「…ない」
「温い生活って、なにと比べて？ 昔のミカ？」
「…」
三佳はまだ顔を上げない。ふたり、廊下に座り込んでいるけど、他の生徒の姿は無かった。
「あんたの事情なんて知りたくもないけどね、温いかどうかなんて心懸け次第よ。そう感じてるのは、あんた自身がふぬけた証拠でしょ？ 周囲のせいにしないで」
「…」
「それに、ここがつまらないって言うなら、アタシが面白くしてあげる。だからここでいいじゃない。───ほら、言いなさいよ」
「…なにを」
「気に入らないこと、あるんでしょ？ それを改善しようとせずにウジウジしてるだけの悩みたがりは、アタシ、嫌いなの」
しばらく待っていると、三佳は意外なほどはっきりした声を返した。
「電気が点いてるこの廊下は通りたくない」
「あっそ。じゃあ、帰りは上を通りましょ。少し遠回りだけどね」
みすずにとってそれは意表外なものだったが態度には出さなかった。三佳が下を向いてる隙に、そっと廊下を見渡す。最近はそれと判るほど日が短くなって、今も天井の蛍光灯は点いていた。けれど、三佳がなにを気にしているかはみすずには解らない。
三佳は少しの間のあと、同じ口調のまま喧嘩を売るようなことを言った。
「みすずと馴れ合ってるのも、なんかやだ」
「へぇ！」
「おまえはいいやつだよ。でも私はそうじゃない、あそこにいたときだって、散々…」
「ばっかじゃないの！」
「…」
「誰がいつ馴れ合ったよ。玲於奈にも何回も言ってるじゃん。アタシたちは友達じゃない、ただのクラスメイト。それに加えてミカはアタシがもっと成長するために利用してるライバルなんだから、馴れ合ってる暇なんか無いよ」
「……そうか」
「そーよっ！ で？ 他には？」
「ん。もういい。浮上した」
三佳はようやく立ち上がって、裾を払った。同時にみすずも立ち上がる。
「そ。じゃ、帰るよ。そこの階段から戻ってね」
「いいよ、今日くらいは」
「だめ。アタシ、教室に忘れ物したから。付き合って」
そう言うと、三佳は吹き出すのを抑えるように顔をゆがめて笑う。
「しょうがないな」
「そうそう。ちょっとのタイムロスに付き合うくらいの余裕がなきゃね」
「はいはい」
そうしてふたりは照明が灯っている廊下を戻り、教室へ向かうため階段を上った。
おわり
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キ/GG/1年11月