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 1988年2月───香港。

 その水晶玉は蒼かった。
 ゆらめく光。
 海のように。風のように。
 未来を映しだす。

 繁華街の片隅、雪が降っているにもかかわらず、その小さな少女は道端に座り込み、食い入るようにその水晶を眺めていた。背後では雑踏がうごめき人々は帰路を急ぐ。街灯がともり、9年後に返還を控えた英国直轄植民地のこの国に、この街に夜が来ようとしていた。
「お嬢ちゃん。なかなか高価(たか)そうな服を着てるねぇ。もしかしていいお家の子かい?」
 自称占い師の老婆はしわだらけの顔で優しく笑った。
「…わかんない。お父さまはいい人よ」
 5歳くらいかと思われる幼女は真剣な顔で無邪気な返答をする。
 しかし実際、幼女の服───毛皮のコートと同じ配色の帽子、ブーツといった格好、それに行儀の良さは一般家庭の育ちではなさそうだった。
 名は蓮蘭々という。
 占い師は水晶に手をかざす。何やらぶつぶつと唱えると、水晶はかすかに光った。ように見えた。
「ほぅ…。お嬢ちゃんは一風変わった人生を生きるよ」
「どうしてわかるの?」
「水晶が教えてくれるのさ。ほら、言ってる。お嬢ちゃんは一生のうち、たった一人だけを愛するってね」
「アイスルって何?」
「口では説明しにくいけど、その人のことを好きってことだよ」
「蘭々、みんなのこと好き」
 何と言ったらいいものか、老女は困惑してしまう。
「特別に一人…近くにいると幸せな気分になったり、嬉しくなったりする。胸がどきどきしたりすることさ」
「……」
 今度は蘭々が黙り込んだ。文字通り胸に手をあてて考え込んでいる。
 老女は苦笑して、蘭々の頭を撫でた。
「そのうち逢えるよ。その運命の人にね」
 その言葉とはうらはらに、蘭々はすでに心の中で一人の名前を呟いていた。
(亨さんだ)
 運命のただ一人のひと。
 そう考えると蘭々は嬉しくなって、幸せな気持ちになって思わず微笑んだ。
 多少強引ではあるが、その名前は蘭々の中で揺るぎの無い地位につくこととなる。
「そう、それからね、珍しいことにね」
「え?」
「お嬢ちゃんは、その人と、2度、初めて出逢うことになるよ」

 ただ一人、愛するひと。

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