キ/GM/桐生院
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展望台のレストランへ行ったことがあった。
藤子はその場所に来たのは2度目で、1度目は桐生院由眞に連れてきてもらったのだという。
そこから由眞の話になった。
「由眞さんはね、復讐したいんだって」
ナイフとフォークを揃えて置いてから藤子は面白そうに史緒に語った。
「なにに?」
「“社会”に」
「は?」
「うん、形が無いんだよね。復讐対象の」
藤子は言葉を切って、壁一面の窓から都心の夕暮れを見下ろした。もう夜に近いがまだ微かな明かりを残している。ロマンチックという形容詞は使い慣れないけれど、どこか幻想的。やっぱり女同士で来るところじゃないね、と最初に言っていたとおり、周囲の客はカップルだらけだった。
「由眞さん、結婚してたって、知ってた?」
「確か、“桐生院”の前社長、だっけ。もう亡くなられてるのよね。真琴くんからの受け売りだけど」
「そう、子供もいたんだよ。19だかそこらで家出してずっと音信不通。それが20年後くらいに指名手配犯になって海外逃亡、東南アジアで亡くなったっていう息子さんがね。その息子さんには2人の子供がいたの。ひとりは父親に連れられて行ったけど、もうひとりは国内に残っていて。そっちの男の子は由眞さんが引き取って今はアメリカの大学行ってる。あたしも1回だけ会った、紫苑くんっていうの」
「───」
まさかそんな深刻な話を聞かされると思ってなかった史緒は相づちも返せなかった。藤子はいつもと変わらぬ素振りで、口に出す内容に迷う様子もなく淡々と喋っている。
「海外逃亡しなきゃいけなかった事件のことはあたしはよく知らないんだけど、由眞さんは、当時の社会悪って言ってたかな。無罪冤罪を主張するわけじゃないけど、当時の風潮から社会的にそれが当たり前で、仕方のない事件だったらしいよ。運悪く名前を挙げられて、指名手配までされて、本人も精神的にあまり強く無い人だったみたいだから逃げるしかなくて。逃亡先で暴動に巻き込まれて死亡、というわけ。───だから誰かに殺されたっていうより、社会のせい、社会悪だって、由眞さんは言ってた」
桐生院由眞は憤っていた。その犯罪が起きなければならなかった原因、マスコミが無用に騒ぎ立てた風潮、それに簡単に踊らされる世論、警察の事件に対する偏見と不手際さ。
それらはすべて、社会が無知だからだ。
だから、社会に復讐しようとしたのだという。
ここで藤子は突然吹き出した。
「当時は由眞さんも若かったし、現役バリバリの権力者だったから、かなり無茶やったらしいよ。結果は当然と言えば当然、由眞さんの力ではなにも変えられなかったようだけど」
と、声をたてて笑う。
「だから、ね。由眞さんは史緒たちを集めたの」
「───は?」
話の展開に付いていけずに史緒は思わず大きな声をあげてしまった。
まず、「だから」はどこに係るのか。そして何故、由眞の復讐の話題から史緒の名前に繋げられるのか。藤子の突飛さに慣れているはずの史緒だが、今までに無いくらいの唐突さに唖然とする。
「由眞さんの復讐は達成させられたわけじゃなかったけど、ほんの少しでも、何かしらは影響与えてやろうとしたみたい」
社会の無知を改善させるにはどうしたらよいか。
より多くの人に多くのことを知らせるにはどうしたらよいか。
必要としている人に必要なものをどう与えればよいか。
いかに流動的にかつ新しいものを広めるにはどうしたらよいか。
「…まさか」
史緒は疑わしそうに藤子の顔を覗き込む。
「そのための、情報屋?」
「そう。史緒たちを集めたの」
からかわないでくれと言わんばかりに史緒は肩をすくめた。
「そんな大事な依頼はうちみたいなところにはこないわ」
「うん」
「それに、そんな大義名分を掲げてないわよ、私たち」
「うん、そのへんは由眞さんも期待してない」
「じゃあ…」
「史緒たちは息の長い組織となって残ってくれればいいの。由眞さんはもう半隠居してるし、大きなことを企てる気もないみたい。今となっては老後の楽しみらしいよ」
「…質問、いい?」
「どーぞ?」
今の話の内容は桐生院由眞にとってかなり深淵部分だと思われる。それを藤子が知っているのは由眞と藤子が懇意である証拠だ。そう、最初から藤子は違った。史緒や真琴たちが招集された日、藤子はすでに由眞と知り合いで、すでに仕事をしていた。史緒たちとは違うのだ。
「藤子の仕事も、桐生院さんの復讐によるものなの?」
「まさか」
史緒の勘ぐりは由眞の評価を落とすものだ。はっきり否定しておかなければならない。
「確かにあたしだけ職種違うもんね。でもあたしは由眞さんと知り合う前からこの仕事をしてたの。由眞さんに拾われてからは一旦辞めたんだけど、結局はまだ続けてる」
「どうして?」
「天命、だからね」
なんて、と藤子はいつものように笑う。
「気軽に天命なんて言ったら、天使さんに怒られちゃうかな」
了
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キ/GM/桐生院