キ/GM/紫苑
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3.
寮に戻るとポストに手紙が入っていた。エアメール。(由眞さん?)気持ちが上がって手紙を取るも筆跡が違った。英語表記の住所と宛名のあと、漢字で「國枝紫苑様」とある。こちらはおもわず力が抜けるような丸文字。(一体、誰だよ…)手紙をひっくりかえして差出人を読むと驚きのあまり息が止まる。そこに書かれていたのは妹の名前だった。
祖母に引き合わされた日からこっち、会ってないし話してもない。あれから何年も経っている。手紙も初めてのことだ。
(なんのつもりだろう)
お互い言いたいことなど、なにもないだろうに。
封を開けると手紙は3枚。内容は日本語で、やはり読み辛い特徴ある丸文字で書かれていた。
− 前略 紫苑くん
紫苑くんときた。笑えるやら呆れるやらで知らず顔が歪む。あのときの獣がどの面さげてこれを書いたのか見てみたい。少しは変わったか。
− ごめんなさい。紫苑くんがコレを読んでるということは、あたしは紫苑くんとの約束を守れなかったということなの。本当にごめんなさい。それを謝りたくて、手紙を書いてみました。
− ごめんね。
(約束…?)
− それからもういっこ。
− これは本当は会って直接言いたかったけど、あたしは今でも、紫苑くんとどうやって喋ればいいか判らないから。あのね、お父さんのこと。
(───…っ)
− 3人で走って逃げた夜のことを覚えてる? 警察に追われて、お父さんはあたしと逃げたでしょ? その後ずっと、お父さんは泣いてた。泣きながら走ってた。何度も、紫苑くんに謝ってた。置いてきてしまったことを、最期まで後悔してた。おばあちゃんと(←由眞さんのことね)幸せでいてくれるといいねって、いつも2人で祈っていたよ。
− 弱い人だったの。うまく言えないな。お父さんは、親にも社会にも迎合できない、弱い人だったの。
その後も、興味のあることやないことが書き連ねてある。最後まで読み終わって、封筒に手紙を戻した。
そして破り捨てる。火を点けたかったが近くにライターがなかった。
そのとき電話が鳴って、取ると、それは祖母の秘書からだった。
妹が死んだと告げた。
祖母に替わるよう言うと秘書はあからさまに拒否した。食い下がっても渋るので、苛立って怒鳴る。
「あんたに用は無いッ、由眞さんに替われって言ったんだッ!」
少しの後、ようやく祖母の声を聴くことができた。
「はい、由眞です」
悲しみを隠し切れない祖母の声に胸が痛くなる。
「紫苑です、こんばんは。…って、そっちは朝か」
「ええ、おはよう。あまりうちの秘書を苛めないで欲しいわ」
「ねぇ、由眞さん」
「なぁに?」
「卒業したら帰るから。そうしたら、また、一緒に暮らそう」
「……」
電話の向こうで声が詰まるのがわかった。
「…いやだ、その言い方」笑っているのか泣いているのか声が震える。「まるで、プロポーズみたい」
「あれ、そう聞こえなかった?」
おどけて言うと祖母はようやく笑ったがすぐにそれはフェードアウトした。
長い沈黙のあと、搾り出すような声。
「……私、間違ってたの?」
「間違ってないよ。由眞さんに見つけてもらったこと感謝してるって、藤子は言ってたから」
そういえば一度も聴くことがなかった、妹の声。
受け取った手紙に当てはめる声を、僕は知らない。だからといって聴きたいとは思わない。
妹の刺すような強い目を見た、あの日あの部屋で、僕らは部屋の隅と隅にいた。言葉を交わさない、それが2人の距離だ。
− 追伸:
− 約束を守れなかったあたしが言うのも勝手だけど、今度はあたしからお願い。由眞さんを独りにしないで。紫苑くんの言うとおりだね、あの人は本当に、淋しがり屋だから。
1999年12月22日 あなたの妹 藤子より
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