薬姫-extra. 好きのかたち |
「アタシを支配しようとしないでぇ…ッ!!」 涙がでるほどの息苦しさを、笑顔でかわさないで。 イイコだからとあやさないで。 やさしく撫でてあしらわないで。 ぜんぶ。 この低い天井と同じ。 痛くはないのに、いつもいつも抑えこまれて。 やがて。 蛙のようにつぶれて死んでしまう。 アタシを殺さないで─── ■ 好きのかたち ■ 「君はおかしなことを言うなぁ」 青い空の下。 ヤハギが振り返る。 「“好き”という感情は、その対象を支配したいという欲望じゃないか」 あの頃の記憶はどれも。 おだやかな光のなか。 「ほら、見舞いだよ」 赤い赤い赤い。 一輪の薔薇。 触れるのが。 怖かった。 ヤハギは。 この世界が好き? 「そうだね。世界というより──」 白い太陽。 白い服が風に揺れて。 白い顔が笑う。 「僕は人間が、とても好きだよ」 ■ 減らない理由 ■ 死ぬのに。 どうして減らないの? 「産むからだね」 どうやって産まれるの? 「男と女が支配しあった結果だ」 どっちが産むの? 「2人から、産まれる」 「ただね」 「同種を体内に宿せる機能を持った固体のことを、女と呼ぶんだよ」 「芳野も産んだ。ヤツもどこかの女を支配し、支配されたんだね」 「あの、人格破綻者が子供を産んだのは、かなり意外だった」 ■ ひつじ ■ 抱えきれないくらい。 おおきなおおきなおおきな。 ぬいぐるみ。 叫びながら泣いた。 おおきなものを抱きしめた。 安堵感で。 ■ ゆびきり ■ ヤハギ 「なんだい? お姫様」 ずっと一緒にいてくれる? 13年間、 家族だったヒトたちのように。 家族だったヒトたちのように。 アタシを殺さないでいてくれる? 「俺を支配するのか。剛気だね」 青い空の下。 青い風の中で。 青い顔が笑う。 「もうすぐ俺はここを離れる。恵も一緒に来るかい?」 ゆびきりをした。 その20日後。 ヨシノが死んで。 ヤハギは泣いた。 たぶん。 ヤハギはヨシノのことを。 好き だったんだろう。 ヒトのなかでもとくに。 * * * 少しずつ。 少しずつ。 少しずつ。 砂時計の砂が落ちるように、息苦しくなっていった。 窓一つない地下。 低い天井。 押し潰されそうに重い空気。 手首を切ると、少しだけ楽になれた。 ひつじに毒をやると、自分を殺すことができた。 ねぇ。 笑顔でかわさないで。 あやさないで。 あしらわないで。 ───ねぇ! 変わってしまったのはどっち? 写真の青い空を欲しがったアタシか。 アタシを支配しようとした矢矧か。 変わってしまったのはどっち? また。 会えるかな。 薔薇をくれた。 ひつじをくれた。 ゆびきりをしてくれた。 あなたに。 “好き”の。 別のかたちを伝えに。 |
薬姫-extra. 好きのかたち 了 |