02. Christmas Eve |
「ハル! …ハル! 起きて!」 部屋に入ってベッドに飛び乗ると、毛布の中から「ぐぇ」と小さくうめき声が聞こえた。 「朝だよ」 のそり、と長身の上体が持ち上がる。 「…今日はやたらと早起きだな」 起ききらないのか頭を振ったことを確認して、ノエルはハルにキスをねだる。 「おはよ」 「…おはよう」 洗顔もまだなのにハルは枕元にあった眼鏡を取り、ノエルの話を聞く体勢に入った。 「あのね、今日、あたしの誕生日なの」 「…ふぅん、それは、おめでとう?」 「ありがと。それでね、聞いてほしいお願いがあるの」 「誕生日じゃなくてもきくよ。なに」 「ほんとに?」 「ああ」 「マーサと3人でモーニングしよ」 「やだ」 「今日、あたしの誕生日なの」 「…」 ハルはもう一度毛布を被ってしまった。 * * * 街はクリスマス一色だった。 ツリーが飾られ、玄関や門にはリースが掛けられている。毎日オーナメントが増えていく道端の 夜明けまで雪が降っていたので、昨日、子供たちが描いた足跡はリセットされている。その中をはしゃぎながら歩くノエルは何度も滑って転びそうになった。それを見かねたハルは仕方なくノエルの手を取る。この街でノエルはいつも車で移動していたので雪道を歩くことに慣れていないのだ。一方、ハルは毎日のように歩いて出掛けていたので不都合はなかった。 目当ての店に入ると、やはりノエルに呼ばれたマーサが待っていた。 「おはよ、マーサ」 「おはようござ…………います」 ノエルの横にいる人物を見て顔を顰めた。 「…ハルが一緒だとは聞いてませんが」 「もぉ〜」ノエルは子供のように体を揺らして不服を訴える。「2人とも、もう少し仲良くなれない?」 「無理だな」 「無理です」 「…あたしは!」 ノエルはマーサの手を取った。強引に引っ張って、2人の腕に両手を絡ませる。自分自身に言い聞かせるように強く声にした。 「誕生日の朝に、こうして3人で食事できて、嬉しい」 丸いテーブルを囲む3人の前に朝食が運ばれてきた。典型的なイングリッシュ・ブレイクファースト。トーストとサラダと卵とベーコン他、そして紅茶。出身地が異なる3人の食事は絶望的に意見が分かれる。その為、それぞれが主張すると食べる物がいつまでも経っても決まらない。だから3人で食事をするときはノエルが選択権を持つことがいつのまにか決まっていた。 「ハルとあたしは午後の便で帰るけど、マーサは?」 「このあと、すぐに発ちます」 「あわただしいのね」 不満を表情に表したノエルにハルが口を挟む。 「ノエルも、昨日まで仕事だったんだから、今日、急いで帰る必要ないだろ」 昨夜、寝る前に今日の移動スケジュールを聞かされたハルはいつも以上に機嫌が悪かった。ノエルやマーサのように働いてはいないものの、1ヶ月以上住んでいた土地を離れるのに1日という猶予は短すぎる。 「だってホーキンズたちにも早く会いたいし、それに 「……」 「……」 珍しくハルとマーサが視線を合わせた。けれどそれは一瞬で、お互いなにも言わない。 「あ。呆れてる。───知らないの? ノエルは仕事のとき以上に熱心に喋る。それを聞いているのかいないのか、相槌もなく食事に専念しているハルとマーサの袖をそれぞれ引いて、ノエルはさらに言った。 「ソルトレイクシティの条例にある小型機の高度規定には『イヴの夜、トナカイが引くソリは例外』って明文化されてるの。───そう、夜中に空を飛んでたりしたら、今の時代、航路と交差しちゃったり、ミサイルが飛んできてもおかしくないのよね。だから、トロントのイリニくんのトコなんか、携帯レーダを開発したらしいの。試作2台のあと、ソリ積載用にバッテリ込み総重量10キログラムまで落として、あとはサンタクロースに渡すだけって、このあいだメールがきてた。───あ、でも、サンタクロースの家で充電できるか判らないから燃料電池に切り替えたいって言ってたなぁ。太陽電池じゃ夜間にどこまで動かせるか不安だし。それと山のようなプレゼントを載せてるソリに10キロは辛いから、やっぱり軽量化も。───これの小型化だったら、V社のレオノーラのチームが得意そうじゃない? ほら、ハルも面識あるでしょ?」 ハルは答えなかった。 * * * 「やっぱりマーサもあたしの家に行こうよー」 「ご辞退申し上げます」 「じゃあせめて、どこで休暇を過ごすのか教えて」 「プライベートですので」 「実家には帰らないの?」 「その予定はありません」 「カードは出した? だめよ、ちゃんと連絡しなきゃ。ご両親が心配するわ」 「…そういう歳でもないんですけど」 マーサは35歳だがこの数値は数年前からの公称であり、本当のところはノエルもハルも知らない。そんな彼女でも10以上年下のノエルに子供扱いされてはさすがにひとこと言いたくなる。けれど勢いがあるだけノエルのほうが早かった。 「ねぇねぇ。マーサは兄弟いるの? やっぱり子供の頃は家族で集まってパーティした?」 「…まぁ、人並みには」 マーサの無難な回答から素っ気無さを読み取ることもなく、ノエルは手を叩いてはしゃぐ。 「ステキね。クリスマスっていいね。街の景色もキレイで、歩いてる人も楽しそうで、幸せそうで。寒いのにあったかいの。本当にステキ。───ハルは…」 同じ質問をしようとしてノエルは言葉を切った。 ハルは変わらない速度でナイフとフォークを動かしている。 マーサは伺うように視線を巡らしたが何も言わない。 ノエルは自分の発言に居たたまれなくなり食器を置いて席を立った。 「あたし、お手洗いっ」 席を立ち、足早に歩いていく。 残されたテーブルの上ではハルのフォークとマーサのソーサーが鳴っていた。 「…年明け早々にも仕事が入ってるんだから、ベストな状態で連れてきてね。ぐずる子を宥めるのはごめんよ」 マーサは窓の景色を眺めながら紅茶を飲む。ハルに視線を合わせることはしない。 「集合日と集合場所は予定通り。なにかあったらメールで。くれぐれも電話はしないでちょうだい」 「逢い引きを邪魔されたくないなら、電話切れよ」 「クリスマスから新年は通信ラッシュ、世界中からメッセージがくるのよ」 「本当に、よくあんたと付き合う男がいるな」 「ハルは特定の人間に親切らしいけど、私は大抵の人間に親切なの。どう分析しても、私のほうが愛されるべき人間ではなくて?」 「 マーサがさらに言い掛けたところでノエルが戻ってきた。ここでの撤退は負けを認めることになるが、ハルを相手に勝負など着かないことは経験上解っていたのでマーサは席を立った。 「え、マーサ、行っちゃうの?」 「約束通り朝食は付き合いました。もう時間ですから」 コートとバッグを手に取り、容赦なく背を向ける。 「待って…、待ってってば」 「手短に」 「May your holidays be happy days filled with love!」 マーサは振り返らずに手を振った。 「Congratulations on the birthday and a Happy New Year.」 * * * 2人は雪の上を歩く。頬に冷たさが刺す。冬。 今日はクリスマス・イヴ。 「ハルと初めて会ってから、そろそろ1年だよ」 「そうだな」 「……ハルの家族のところへ、帰りたい?」 「さぁな」 「……思い出せた?」 「さぁな」 「ハル」 「早く行こう」 ハルは沈む声を出すノエルを抱き寄せた。 「サンタクロースと同じ日に同じ空を飛んで、2人で、ノエルの家に帰るんだろう?」 |
了 |