030. 納得行かない (GrandMap/49話1の後@)



 篤志は思案していた。

 長い間抱えていた問題については、関わる人間それぞれが納得し、理解され、それなりの解決を見たといってもいい。そしてその結果、この先、櫻が自発的に阿達家に近寄ろうとするかというと……───するわけがないな! どう考えても。

 数日前、櫻と政徳は「阿達櫻」の処遇について揉めていた。
 櫻は生活を変える気などさらさら無いし、今までどおり通称で(ハル、というらしい)構わないと主張する。それでとくに不便はない、と(偽名で不便が無いわけないと思うが)。どうやってパスポートを取得したのかは想像したくないが、それなら苗字があるだろうと興味本位で訊くと、櫻は頑なに口を閉ざしていた。
 一方、政徳は、櫻の今後に口出しするつもりはないが、ひとつだけ。失踪扱いになっている「阿達櫻」をきちんと復帰させパスポートも取り直すよう、強く希望した。この言い分はもっともで、有事の際に連絡が取りにくいし何よりそうしなければ家族の社会的な関係を絶つことになる。篤志も荷担してのいくつかのやりとりの後、結局、事務処理を(“ハル”のパスポートおよび入国ビザの処理に関しても)政徳がおこなうという条件で、櫻も了承した。───つまり、櫻はそれらのことを面倒に思っていたから、通称のままがいいと言ったわけだ。

 そんな風に、櫻はともかくこちらに執着が無い。

 これからもたまには顔を出せ、と言うのはあちらの生活圏を考えると無理があるだろうし、櫻の性格上、それが適えられることはないだろう。だから、せめて近くに来たときくらい寄って欲しい。
 さて、そうさせるにはどうしたら良いか。

 答えは意外と簡単。

 櫻がこちらに来ようとしないなら、櫻の連れにこちらに来させればいいだけだ。
 ノエル・エヴァンズ。
 篤志はまだ彼女とほとんど話していないが、少し見ただけでも2人の(驚くべき)力関係は知れる。篤志がノエルと懇意になっておけば、ノエルを通して櫻の情報が伝わるだろうし、こちらにも引き寄せやすいというものだ。
 これは戦略的に正しい。

 あの日は仕事があるとかで、迎えに来た女性が彼女を櫻から引き剥がし、耳を掴まれ強制送還されていた。
 後日、改めて会うことになった……のだが。




 篤志を前にした途端、ノエルは表情を曇らせ、櫻の背中にさっと身を隠した。
 そして顔だけを覗かせ、篤志を睨み付ける。
『あたし、この人キライ』
 その場にいた櫻と史緒は目を丸くした。そして口を揃えて聞き返す。
『…なんで?』
 この中で一番英語が苦手な篤志でも、なにを言われたかは判った。こんなにあっさりさっくり他人から嫌われるなど記憶にない。前述のような企てもあり、好かれはせずとも嫌われたくない相手だったので動揺してしまう。
「な、なんで?」
『ハルがずっと捜してたのってこの人でしょ?』
『なんでわかるんだ』
『それに、なんかヤなカンジっ』
 いーっ、と歯を見せ威嚇してくる。篤志は弁解したくても何が原因で嫌われているか判らないことには言い訳のしようもない。
『ねぇねぇ、シオのトコって、訪ねていってもいいの? ランたちもいるんでしょ?』
『…え、ええ』
 ノエルの勢いに気圧されつつも、史緒は篤志に同情の視線をちらりと送る。
『みんなのね、メールアドレス教えてもらったんだぁ。友達ができて嬉しい!』
 無邪気に笑うノエルに、篤志は溜め息を吐く。櫻も、ノエルが史緒の周囲と仲良くすることを歓迎していないものの、かといってそれを止めることもできず複雑な表情をしていた。まぁ、なんというか。

 篤志の企ては潰れたが、(蘭たちを通じて)思惑通りにはなりそうだ。

 結果オーライということで。





END
20080116