182. 制服 (GirlishGape/レオ) 夏休みを目前に控えた中学一年生がちょっとくらい浮かれてたって、誰も責めないと思う。 オレらみたいに、3期制の この数ヶ月、毎日、学校に通って、つまんねー授業聞いてたのに、それがぜんぶなくなる! 部活や夏期講習はあってもなお時間は余りある。一日の使い方ががらりと変わる。今はまだない自由に思いを馳せるのは胸が躍るものだろう。そうだろう。 「えげつない、って、このことだよな」 放課後、自転車を押しながらの帰り道。いつもの顔ぶれは例外なく気を重くしていた。 「なんで期末の後にこんなんくるわけ?」 オレらの悲鳴は、教師陣にとって愉快で仕方なかったらしい。ボリュームは少なめだが片手では足りない数の課題、の、〆切を言い渡した各教科の教師陣はそれと判るほど悦に入っていた。教室で、数十人の生徒からのブーイングも軽くかわして、その場に他に味方も無い状況で笑っていられるなど、ほんと、教師という職業は図太くないと務まらないと思う。しかもその教師陣は裏で結託して、わざと〆切を重ねている。くやしいけど、やられた。 「なぁ、他の奴らも言ってたけどさ、手分けしようぜ。こんなんで時間潰されてたまるかっつの」 「でも現社はレポートでしょ? 英語は文例。まさかみんな同じのを出すわけにはいかないし」 「いやぁ、提出させるだけでチェックなんかしないんじゃないの? とくにケロやん、表紙しか見なそー」 「ははっ、試してみっか? オレは止めねーぞ」 「ともかく、今日はやれるとこやるしかないよ。対策会議は明日」 「おっけ。めんどくせーけど、数学が一番早そうだし、そのあたりから。…おい、レオ!」 「なに」 「明日ゲーム忘れんなよ。攻略も」 「わーってる」 「おっと、レオ、そっちか。じゃあな」 「おお」 「レオー、またなー」 「おー」 手を振って友達と別れ、ひとり、チャリを押しながら歩き出す。車道も歩道も混んでいるこの時間、自転車に乗って帰るのは少し面倒で、とくに用が無ければ降りて歩くことにしていた。 それにつけても課題の件は頭が痛い。今日のHRで告知されたときのショックは大袈裟でなく、ほんとに開いた口がふさがらなかった。 すでに夏休みの『 「なんなの、あれ」 そうそう、なんなんだよなぁ? ───って、オレへの相槌じゃねーよ。 ちょうどよく返った声は、歩道、前を歩いている女子中学生2人組のもの。さっきまでのオレ達と同じ、ダベりながらの帰り道。制服からすると、この辺りじゃ有名な私立の女子校。なんで制服から校名がわかるかというと、オレの姉貴がそこだからだ。オレが女子の制服に詳しいわけじゃない。 「あいつら、いつまで不毛な対立してれば気が済むの? 教室の空気が悪いったらないわ」 2人組みのうち、さっきの声と同じ、高い、えらく気の強そうなきっつい口調。たとえるなら、クソゲークリア一歩手前、難しくはないけど無駄に手こずり時間がかかるステージで足止めを喰らい、こんなゲームとは早く手を切りたいのにそこでやめるのはプライドが許さない、コントローラを叩きつけたくなるような気持ちが伝わってくる声だった。 2人は前を歩いているので顔は見えない。髪を結んでいるほうの女Aが、髪の短い女Bに強い声で言葉をぶつけている。耳を傾けなくても会話が聞こえてくるほど声は大きい。 「別に、みんなで仲良くしましょう、なんて言う気はないわ。ケンカ上等、勝手にやるのは自由よ。でもなんか嫌。早月も大野も、お互いの取り巻きを取り込もうって狙いが見れるのがキモい。インケンよね〜、寒気する〜」 わざとらしく身震いまでする始末。 クラスでの話か? 女同士のケンカ? 確かに女のケンカってなんかこえーよな。 「放っておけ。そのうち落ち着くだろ」 はじめて女Bが口を開いた。Aの連れの割に落ち着いた物言い。Aはこぶしを振り上げて言い返した。 「甘い甘いあまーい! 事態はもうあいつらだけの問題じゃないのよ? 飛び火がさらに飛んで今やクラスを二分しての対立になりかかってるの、他人事じゃない、クラス分断の危機よっ」 「大袈裟だな」 「過不足無く事実よ! ほんと、あんたって、嫌みなくらい無関心よね。あんたはそれでいーかもしれないけど、他のコはそうじゃないの! あんたは集団ってものを解ってないわ」 「集団ねぇ…」 「そっ。女が集まれば派閥ができるのはあったりまえじゃない! 自然とヒエラルキーができて、その枠組みに反発するコらが別の派閥をつくる。常に周囲との比較、それが自分の価値を決めるのよ。孤高を気取ってるやつなんて変人扱いだわ。よくそんなんで小学生やってこれたわね」 「くだらないな」 「あー、ダメダメ。そういう上から目線は反感買うモト。あと半年以上も同じクラスでやっていかなきゃいけないのよ? 臭い物に蓋して変に気を遣うよりは楽しいほうがいいじゃない。そのためにはどんなにくだらなくてもちゃんと対等に立って」女Aはにやりと笑う。「しっかりケンカしなきゃあね」 あ、こいつ、変なやつだ。 一方、女Bは、はぁ、と息を吐いた。疲れた様子のBを無視してAは胸を反らす。 「今日、授業でやったじゃない。“ 「おまえは旗幟を明らかにするつもりなんか無いだろ!」 それだけはつっこまずにはいられないとばかりに、Bが強い声で返した。 「新しい 「そうよ? どちらの意見にも与せず自分の意見を主張したいならそうするしかないでしょ? 安心して、ちゃんとあたしの采配で仲裁してみせるから。───で? 島田は第四の勢力になるか、あたしにつくか、どっちなの?」 …島田? 女Bはまたも疲れた声だ。 「早月か大野につくという選択肢はないのか?」 「ないわよ」 当然でしょ? と言わんばかりのA。自分につくか孤軍になるか、一方的な選択を迫られたBは、 「第四でおとなしくしてるよ」 と、やる気のない声で言った。 島田? …ちょっと待て! 島田? その声でその口調でその態度で、その名前にはものすごく覚えがあるぞ。 「三佳?」 と、口にしてみるとBが振り返った。少し遅れてAも振り返る。やはり。Bのほうは知った顔だった。それを証明するように、「あ」と、Bの口が開く。オレのほうの驚き度はそんなものじゃ済まない。 「って、えぇっ、まじで三佳?」 「 と、呟いた女B、もとい島田三佳の爪先から頭の先をついじろじろと見てしまった。変な意味はじゃない。だってこれは衝撃的だ。制服だぞ制服。そりゃあたり前だけど、あの三佳が制服って。 「おまえ、ほんとに中学生やってたの? うわ、びっくりしたっ、てか現在進行形でびっくりだ、この目で見ても信じらんねぇ。制服とかありえねぇ」 「どういう意味だ」 「だって…、え? まじか? 学校行って、授業とか部活とか? フツウに? おまえが?」 「義務教育だからな」 「どの口がそれを言うか…。それ、一年前の自分に言ってやれよ」 「うるさいな。…… 「あ、聞いてる聞いてる。たまに廊下で見かけてはあーだったこーだったって、ウチで言ってる。でも聞くのと見るのじゃ違うよ、オレ、姉貴の言うこと半信半疑だったもん」 「……あいつ、家で何言ってるんだ」 「で? 学校はどーよ。ちゃんとやれてっかぁ?」 「同い年のおまえに心配してもらう必要は無いよ」 「いやいや、心配するって。いろんな意味で。三佳が中学行くって聞いたときは、絶対いじめに遭うぞこいつ、って思ったし」 「生憎、そんなことにはなってない」 「そーかぁ? 喋り方も直ってないし、どーせ性格だって大して変わってないんだろ? クラスで敵作ってねーか?」 「だから、ないよ」 煙たそうに顔を逸らした。思い当たることがあるんじゃねぇ? 性格なんてそうカンタンに変わるものじゃない。 「でもまぁ、フツーにやれてるなら良かったじゃん。友達もいるみたいだし」 目をやると、女Aは意外そうに首を傾げた。 「は? 友達? 誰が? アタシは違うわよ」 「そう。ただのクラスメイトの斉みすず」 照れ隠しとかじゃなくて、Aと三佳はそれぞれ真顔で言った。紹介されたことを受けてAは一歩前に出て、愛想のない声で言った。 「で? そっちのコは? びっくりしたのはお互い様よ、島田に おもわず吹き出してしまった。 「三佳に小学校時代の友達がいたらびっくりだな」 「え?」 「斉、コレは 「そ? じゃあよろしく。レオナくん」 「うわあああ」 こいつらなんの嫌がらせだ。 「三佳〜、おまえも俺のこと名前で呼ぶのやめろよー」 「苗字で呼んだら、そっちの家で不便だろうが」 「へぇ、家族ぐるみの付き合いなんだ?」 「玲於奈との付き合いなんて無いよ。こいつの父親に用があるだけだ」 「そういや、最近はウチに来ないじゃん。中学になってからバイト辞めたのか?」 「月2回は顔出してる。おまえが遊び回ってて家にいないだけだろ」 「あ。う、あー、まー、そーだな」 心当たりがありすぎるので言葉を濁すしかない。でも以前は、三佳は月2回どころか週3回はウチに顔を出していた。顔を合わせる頻度が減ったのはオレのせいだけじゃない。それだけ三佳の生活も変わったということだ。 「なんだ、つまんない。付き合ってるとかじゃないのね」 つまんないってなんだ。女Aの科白はあり得なさすぎて否定する気にもならない。 「あはは、三佳の相手ができるのは七瀬さんくらいだろー」 「ナナセ?」 「…っ」 あ。 まずった。 地雷を踏んだ。 「て、やべっ、今の無し、撤回、三佳、ごめん」 親父に知れたら殴られる。今の名前は三佳の前では禁句だ。 三佳は見開いて強ばった顔をしていた。女Aが振りかえるとそれを避けるように逸らした。 「三佳」 「いいよ」 「ごめん」 「いいって。いちいち謝るな」 とか言いながら、顔、こっちに向けられないじゃん。 去年の秋、あの人のことで三佳が泣いたとこ、見て、知ってたのに。 「ねぇ、ナナセって誰?」 うわ、直球。 女A。場の空気を読めよ。いや、読めてる。そのうえで自分の好奇心を主張してる。いい性格だな。 でも、あの人の名前を出してしまったのはオレだ。 「誰でもいいだろ。そういう人がいるんだよ」 「島田のカレシ? どんな人?」 「だから、どうでもいいだろ。おまえには関係ない」 「いいじゃない、気になるんだから」 「三佳の友達じゃないんだろ? 単なるクラスメイトってだけでプライベートなこと教えられるかよ」 「……」 うぐ、と女Aは言葉を詰まらせた。 勝った! 「島田、ナナセって誰?」 って、待て!! 本人に訊くのかよ! 三佳はもう顔を上げていた。 「付き合ってる、とか。斉が期待してるような関係じゃないよ」 「なんだ、そうなの?」 「このあいだ、史緒に会ったろ?」 「阿達さん?」 「アレと同じ、家族みたいなものだ。今は、少し遠くに住んでる」 「ふーん」 なんだ。 阿達さんにも会ってるなら、それなりに仲いいんじゃん。 「なぁ、おまえらなんで一緒に帰ってんの?」 「はぁ? 途中まで道が一緒だからよ。なに言ってんの?」 「ここ、三佳の帰り道じゃねーだろ」 「今日は寄るとこがあったのよ」 わけわかんねぇ。 ここはオレの行動範囲内だけど、三佳の家と三佳の学校を結ぶ線からは外れてる。寄るとこがあった? 付き合わせたってこと? 三佳と視線が合う。三佳は苦笑して、肩を軽くすくませた。 わけわかんねぇ。 「友達じゃねーの?」 「違うわよ」 「違うな」 女Aは真顔で否定し、三佳は笑いながら否定した。 わけわかんねぇけど。 フツーに中学生やれてるならイイんじゃねぇの? END |