348. 散り行く花 (GrandMap/藤子/44話読了推奨)



 ただ黒い空があって、風が鳴っている。
 どんどん気温が落ちているはずなのに、それも感じない。


(体の壊死がぜんぜん痛くないって、ホントなんだ)
(もう寒くないし。指先の感覚もないし)
 血中のエネルギー不足により壊死が始まる。段々と、体の端から感覚が失われていく。痛みはない。少しずつ、自分の体が消えていくのがわかるのだという。
(だから、死ぬより先に気が触れるヒトが多いらしいけど)
 もう考えても仕方ないことなのに、無駄な知識を掘り返してしまう。
(でもねぇ)
(これくらいのことで狂うなら、由眞さんと会う前にとっくにやってるよ)
 けれど極限状態において狂うのは精神だけじゃない。
 体温調節中枢の異常、あるいはアドレナリン酸化による幻覚作用。こちらは肉体が狂う例。
 凍死体が服を脱いで発見されることがあるのは、そのせいだという。
(それだけはイヤッ!)
(やっぱり赤い斑点とかできちゃうのかな。ちょっとヤダな、それは)
 人間が生命を維持するのに必要な体温は最低35度。しかし体温維持臨界点には個人差がある。
(あと、どれくらいかな)
(鈴木が言った通り、天気は良さそうだし)
 放射冷却で地表の温度は容赦なく落ちていく。


 都会の灯はいつもと変わらず、煌びやかで明るい。
 でももう、その光に手は届かないし、喧噪も聞こえない。






END

20060521