残月叙情  a ef gathering


 ()は重く大きな扉を抜けた。
 空気の密度が増した。進入を拒むような大気に足取りが鈍るが、白は立ち止まることなくその先の回廊へと進む。自身の足音を確認するかのようにゆっくりと歩いた。
 この先の広間へ進める資格を持つ者は僅かしかいない。白はそのうちの一人だった。
 太く丸い柱が立ち並ぶ回廊は照明もないのにそこはかとなく明るい。けれど圧倒的に照度は足らず、柱が支えているはずの天井は霧に隠れ、回廊の先は闇に埋もれていた。冷えた空気が漂うことさえ(いと)い、熱源の活動を拒む。介入を許さない静謐さがそこにはある。今はそこに、白の足音だけが深く響いていた。
 白は回廊の途中で()と出会った。
 足音がふたつになる。
「6人召集なんて何事かと思えば、君の相棒はようやくアレを取り戻して来たんですか」
 黄は声を抑えて言ったが、それは足音と同様、空間の大気を震わせて少しの余韻を残した。
 白が応えないでいると、黄は低い位置にある白の顔を覗き込む。
「残念でしたね」
「なんで」白は黄に目もくれない。「あいつの仕事の成功を、私が残念がるんだ?」
「だって、失敗すればいいと思っていたでしょう? 200年前と同じように」
「……」
「あの方の仕掛けた術はその勅命を受けた君と僕、【(いき)】と【(とき)】によってとうに発動しています。他の、誰一人に知られぬまま。君は≪怒りの日(それ)≫を阻止したいのでしょう?」
「……」
「あと2年です」
「…わかってる」
「鎮魂歌を取り戻して材料(アイテム)も揃い、タイムリミットは目前。400年前に仕掛けた術も邂逅(ランデブー)を待つだけ。そんな計画が進んでいたと知ったら、皆さん、驚かれるでしょうね」
「せれん」
「はい」
「逆らえるのか? 私たちは。───(ひじり)に」
「解りきっていることを、訊かないでくださいね」
「…そうだな」
 広間が見えてきたところで白と黄は口を閉ざした。ふたつの足音は広間へと入っていった。

(あんな思いをしてまで取り戻してきた鎮魂歌の、その本当の意味を)
(あいつは知らない)








「遅いぞ、ふたりとも」
 白と黄が入室すると()が言った。
「すまない」
「申し訳ありません」
 おざなりに答えて白と黄は席に着く。広間には赤の他に、()()も揃っていた。
「ゆきの。肝心のもう一人が来ていないようだが」
「そこまで面倒見られるか」
 威圧的な赤の視線を、白は煙たそうに払う。そのやりとりを見ていた緑が転げるように笑った。
「あの死神くんがトロいのはいつものことじゃないか、れんが。この6人のなかじゃ、ゆきのに続いて古い総代なのに、ホント、使えねーな」
 青が黄に声を投げる。
「ね〜ぇ、せれん。あの子、やっと取ってきたんだって?」
「そう聞いてます」
「今回はゆきのも行ったって話じゃない」
「ああ」
 白が短く答えた。
「けいとの言うとおり、あの子の抜作加減はハンパじゃないわね。200年前のドジで降格しかけたから今回は絶対失敗できなかったもんね。無事に取ってこれたから良かったけど、本当、なんであんな子が総代やってるのか不思議」
「こおろぎ、聖の人選に不満があるのか」
 赤に鋭い視線で睨まれて青は椅子の影に隠れた。
「ち、違うわよ。【(しに)】にはあの子以上の役立たずばかりが集まってるって話じゃない」
「あ、来た」
 緑の呟きで、白以外の全員が入り口に目をやる。()が現れた。
「こだち、遅いぞっ」
 赤の叱責に縮むことはなく、黒はどこか影のある表情で呟く。
「ごめん」
 そうして聖の下に就く6人、【生】【死】【宇】【宙】【善】【悪】それぞれの総代が揃った。





END



20061211