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 半月前、休日の昼までベッドの中で惰眠を貪っていた中野浩太は一本の電話で起こされた。
「机の上にある書類を持ってこい」
 有無を言わせない口調は兄のものだった。浩太の兄は建築関係の事務所に勤めていて、自宅からは電車で駅六つの距離だ。
 抜け切れていない眠気も手伝って、浩太はあっさり断わった。が、電話の向こうで実兄が現金をちらつかせると、浩太はすぐにその命令に屈した。兄は浩太が愛用ギターの弦を交換したばかりでお金に貧していたことを知っていたのだ。
 一時間半後に書類を持って現れた弟に、兄は用意していた別の封筒を手渡した。すると、
「それ、隣の病院の352号室に入院してる木下に渡したら帰っていいぞ」
 さらにおつかいを命じられた。ここまできたらしょうがない、収入を得るためには少しの労働は仕方ないだろう。浩太は兄の仕事場の隣にある病院へと向かう。
 その病院は古い建物で周囲の緑が多く、病院というよりは保養施設といった感じだった。浩太は言い付け通り木下なる人物に封筒を渡した。(話を聞くと兄の同僚で、入院してもなお仕事を持ち込まれているようだ)少しの同情と世間話の後、浩太は病室を後にした。そのときだった。
「こんにちは。誰かのお見舞い?」
 突然、廊下で話し掛けられた。
 色白の、折れそうな細い肩の、人懐っこい笑顔の、少年。

 それが、彼との出会いだった。

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