キ/BR/05
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希玖はぽんと手を叩いた。
「そうそう。ところでみゆきちゃんは今日はどんな用事?」
「あ」
自分でも忘れていたのか、みゆきははっとして顔を上げた。
手間取りながら持っていた封筒を希玖に差し出す。
「これ……。あ」
はっとみゆきは浩太に気まずい視線を送る。
受け取りかけていた希玖の手から、封筒を半ば奪い取るようにして自分の背中へと隠した。とても分かりやすすぎる反応だった。
「みゆきちゃん?」
手持ち無沙汰で希玖が声をかける。
「えーと……、あの」
浩太に向けられる視線の意味は馬鹿馬鹿しいほどわかった。
こんなときでさえ何も言えないみゆきの性格は、浩太もよくわかっている。
途端に気が抜けて、気付かれない程度の溜め息を落とす。
(…あほらし)
「俺、帰るよ」
そう言うと浩太は上着を羽織り帰り支度を始める。
「え?
何、もう?」
浩太との会話をごまかそうとした希玖がぬけぬけと言う。でも浩太を引き止めようとする言葉は本音のもので、彼の性格の複雑さが伺えた。いや、単に天然に意地が悪いだけかもしれない。
また追求する機会はあるだろうし、『B.R.』が集まったときにみゆきを尋問するのもいいだろう。
希玖が何を隠し何を企んでいるのか知らないが、どちらにしろこれからも付き合うことになると思った。これは予感だろうか。
「浩太っ」
名前を呼ばれた。浩太は振り返る。
「今日はごめんな。あと、ありがとう」
真顔でそう言う希玖には、やはり勝てない。これからも振り回され続けるかもしれない、と半ば諦めの笑みを浮かべた。
「ああ。またな」
そうして、浩太は希玖とみゆきに別れを告げた。
「あれ、中野くん。今、帰り?」
正面玄関で関と会った。
「あ、はい」
「叶さん来てただろ?
あの二人も仲良いよね」
「あいつ、よく来るんですか?」
「彼女は希玖が通院してたときからの付き添い人だよ。従姉弟なんだってね。最近はFDや書類をやりとりしてるし…。一体何を始めたのかなあ」
関は楽しそうに笑った。
「…?」
ふと、関が胸に持つノートの表紙の文字が浩太の目に飛び込んできた。
何の取り止めもない、大学ノートだ。
でもすぐに、浩太は何故自分がそれに気を留めたのか理解した。
見知った文字がそこに書いてあった。
でも何故、関のノートにそんな文字が?
「先生、…それ、何のノートですか?」
きっと偶然の一致なのだろうが、気になったので訊いてみた。
「──ああ、これ?
これは個人的な希玖の診断書だよ」
「は?」
浩太はすっとんきょうな声をあげた。
「ほら、希玖、今日倒れただろ?
毎回記録してるわけさ」
それはわかる。それはわかるが、何故、安納希玖の診断書(正確には関の個人的なノートだが)に、その文字が書かれているのだ。
(──アノウ、キク)
胸の中でその名前を発音して、浩太は目を見開いた。
そして関のノートの文字を凝視する。一文字一文字を追いかけながら、自分の読み間違いでないことを確認する。
体が震えた。
「中野くん?
どうかした?」
関の声も耳には入らない。
関のノートの表紙には、簡潔にイニシャルだけが書かれていた。
「K.anou」───と。
約二十秒、浩太はそのノートを眺めていた。
「……なんだ、そりゃ」
呟いた。
end
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