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 『B.R.』初の冬の歌は、『B.R.』最後の曲となった。
 最初で最後のアルバムタイトルは「SONGS」。
 各小売店は品薄に嘆き、レコード会社はクレームの嵐に陥った。年末だったので迅速対応は不可能。結局この騒動は年越しまで延長させられた。
 『B.R.』の解散に各報道関係はこぞって騒ぎ立てた。号外まで出た。それこそクリスマスどころではなかった。ライヴ後の記者会見でそのことが告げられ、メンバーや安納鼎を含む関係者は勿論質問攻めに合った。スタッフ一同は言う。「演奏者側が決めたことですから」。そして演奏者側は言う。「真剣にこの業界で活動されている方には申し訳ないですけど。僕たちはそれぞれの生活がありますので」。
 予想以上のマスコミの盛り上がりぶりに、結局、『B.R.』の五人はホテルでの軟禁生活を余儀なくされた。しかし年末になると、それぞれの実家へ帰って行った。
 某テレビ放送局の年末恒例の生放送歌番組では、異例のビデオライヴが行われた。もちろん、『B.R.』の。
 年が明けても落ち着かず、それぞれの実家へマスコミが押し寄せた。
 けれども、彼らは本当に、普通の、今まで通りの、自分たちの生活に戻っていた。その姿がニュースで流れたとき、世間は彼らが本当に一般市民なのだと実感させられることになった。
 『B.R.』再結成を望む声も多くあった。投書があったらしくテレビでも取り上げられた。それらは安納鼎の前まで持ち込まれたが、「本人たちの意志ですから」と、柔らかく納得させられた。
 そんな風に『B.R.』の名は消えることがなかった。
 でも、流れ行く時のなかで。バレンタイン・ディがショーウィンドウを飾るころになると、次第に『B.R.』の話題は薄れていった。
 『B.R.』は、伝説になった。






 ─────四月。東京駅。

 中野浩太は駅構内を颯爽と走っていた。
「やべーっ、遅刻だ」
 左腕の時計にチラリと目をやると、約束の時間は五分前に過ぎていた。同じ場所に集合する他の人間たちのなかに、他に遅刻するような奴はいない。
(うるさく言われるなー…、これは)
 そう、心の中で思っても、無意識のうちに浩太の口元は緩んでしまっている。自然と、足が速まる。
 飛び越えそうな勢いで、自動改札をくぐった。
「あーっ! 中野だっ」
 懐かしい声が響く。相変わらずらしいというか、目ざとく浩太を見つけたのだろう。
「…声でかいよ。ミヤ」
「うるさいなー。皆、もう来てるんだよ?」
「浩太。お久しぶりです…って、この台詞も何回言ったかわかりませんね」
「よう、浩太。一番近場に住んでるくせに遅刻すんなよ」
「悪ぃ」
 息を弾ませながら、浩太は謝罪した。ふと、目に映ったのは最後の一人。
「圭ー。おまえまた背がのびたなー」
「そのうち浩太を抜くぜ」
 にやり、と相変わらず不敵な笑みを浮かべる。一方、
「………は?」
 浩太は自分の耳を疑った。そして爆笑した。
「わはははっ、誰だよ、その声ー」
「そうっ! 私たちも驚いたのっ! 声かけられただけじゃ圭ちゃんだってわかんないよねっ」
「まさかここまで低くなるとはなー」
「まぁ、歌のほうは今日にでも聴かせてもらいましょう」
「浩太、笑いすぎだっ」
 東京駅丸の内口で騒ぐこの五人を、この間の冬、世間を騒がせた『B.R.』だと気付いた人がもしかしたら居たかもしれない。しかし四月という何かと忙しい時期。立ち止まり指摘する人はいなかった。
 ───四月。
 中野浩太は、この春、高校を卒業した。就職先も進学先も決めなかった。
 小林圭は、この春、中学を卒業した。二月に訪れた変声期にはかなり悩まされたという。
 片桐実也子は、この春、短大を卒業した。
 山田祐輔は、この春、ピアノ教室を閉鎖した。事後処理が忙しかった。
 長壁知己は、いつも通り、つい昨日まで稼業の手伝いをしていた。
 それぞれの人生を一区切りさせて、また、結集した。
「……にしても、これってインチキって言われるだろーな」
 浩太が口元を歪ませて呟く。
「何言ってるんです。最初から決めてたでしょう」
「そりゃ、仲間内ではそうだけど、世間から見たらさ」
「いーじゃん。ケジメをつけるために、『B.R.』はしっかりと終わらせたんだから」
「今回だって、いつまで続けるか分からないしな」
「どこまでやれるかも、試してみたいしね」
 ────ここに、『Blue Rose』が結成される。
 これからプロとしてデビューし、本格的な音楽活動を始める予定だ。メンバーはこの五人。専属のスタッフもすでに決定している。
 Blue Roseというのは、ありえないもの、まだ手にしていない何か、不確定な未来、という意味である。
「…なぁ、希玖って、いつアメリカから帰ってくるんだ?」
「そういえば詳しくは聞かされていませんね」
「かのんちゃんに聞こう! 早く事務所に行こうよっ!」
「…まーたいつものメンツか」
 台詞とは裏腹に、浩太は押さえ切れない笑みを口元に浮かばせていた。

「…皆さん、お久しぶりです」
 少しぎこちない笑顔で、叶みゆきは彼ら五人を迎えた。


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