/BR/知巳
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「黙ってるなんてひどーいっ! 長さんには初対面のときに言ったよねぇ? RIZのファンだって。…もーっ! 何で黙ってたのよーっ」
 実也子の心情としては。三年間も正体を隠されていたことへの憤りと、当人を目の前にして「ファンだった」と言い続けていた恥ずかしさと悔しさ。怒るべきか笑うべきか複雑で混乱している。
 知己はその迫力に押されつつも、苦笑いしながら、
「そっちこそ、ファンだったなら気付けよー。初対面でそう言われたから、言うに言い出せなかったんだ」
「あっ、私のせいにするわけ?」
「前田さんだって、この間会ったときに、すぐ気が付いたぞ」
「…あ、だからよろしくって…。もーっ! 前田先生も教えてくれればいいのにーっ」
 実也子のパニックぶりに、知己はもちろんリズや恭二も、笑った。
 宥めに入ったのは次郎だった。
「片桐さん、今夜ヒマ?」
「え?」
 安っぽいナンパの台詞だが、そうではない。
「追悼記念と銘打って、今日の夜、RIZのライヴするんだ、まぁその辺の小さい店だけど」
 えっ、と目を輝かせる実也子の隣で、
「は?」
 と、知己は眉をひそめた。
「トモっ、おまえ六回もサボってるんだから、今日こそやれよな」
「おい、ちょっと」
 まさかこれが本題か?
 そうだっ、とリズが手を叩く。
「実也子ちゃんも康男のパートで出ない? いつもは前田くんが来てくれてたんだけど、今、海外行っちゃってるのよね」
「ほんとにっ? やる! やりますっ、長さん! やろうよ、ね? ね?」
 さきほどの勢いはどこへやら、実也子は知己に合意を求めた。
「…そんなこと言ったって俺らフリーじゃないんだから簡単に…」
「みゆきちゃんに訊いてくるっ」
 実也子の対応は素早かった。
 言うと同時に踵を返し、ドアの向こうへ走って消えた。
 知己たちは事務所に雇われてる身なので、この腕(売り物)を勝手に使役することはできない。「仕事については事務所を通してください」というやつだ。でもまあ報酬を貰うわけではないので、プライベートと言えばどうにでもなる。もちろんプライベートでも、イベントを起こすことで自分たちの知名度が世間に及ぼす弊害を考慮しなくてはならないが。
 そんな理屈はさておき、みゆきが出す答えなどとうに分かっている。
 とりあえず知己は実也子を追った。
「ごめん、すぐ戻るから」
 小走りで退場。室内には来客者のみが残された。
「…若者は騒々しいなぁ」
「あら、恭二。年寄りのヒガミは見苦しいわよ」
「うわ、きっつー」
 ねえ、と省吾が口を挟んだ。
「Blue Roseってさぁ、…いや、『B.R.』のとき? 正体は地方の一般人だったーって、報道されてたじゃん」
「ああ」
「あれ、嘘だよな。だって知己はプロだったわけだし、片桐さんは前田さんの弟子だったんだろ?」
 例えそれが過去の経歴だったとは言え。
「ははっ、確かに一般人と呼ぶにはちょっとな」
「それだけじゃないよ。キーの山田って、あいつ薪坂の主席卒業者だと。知らぬ者無しの有名人だったそうだ。あとギターの…何だっけ? 中野? は、アマチュアの間じゃ名が通っていて、ギターの助っ人としては指名率ナンバー1、しかもノーギャラでやるって。つまり自分の価値を分かってないんだな。それからボーカルの小林圭、森村久利子の子供だって知ってた?」
「…森村って、あの? うっそ」
「一部の業界関係者の間で噂になってる。信憑性は、ある」
「おいおいー。じゃあ、そんな奴らが集まったわけ? 偶然? 勘弁してくれよ」
「ほんと。それこそBlue Rose(ありえないもの)だっつーの」




 その日の夜。
 都内の某ライブハウスで、毎年恒例(と言っても世間にはシークレット)のRIZ・加賀見康男の追悼ライブが行われた。
 リズが初めにメンバー紹介をしたので、Blue Roseの長壁知己と片桐実也子が混ざっていることはすぐにバレた。それから客席に山田祐輔、中野浩太、小林圭がいたことも周囲にはバレたが、理解ある客層だったので騒ぎになることはなかった。さらに客席の中には、叶みゆき、安納希玖、本村沙耶、日阪慎也とその彼女、木田理江、日辻篠歩、八木尋人、大塚スグル、新見賢三、桂川清花、須佐巽、一村草介の顔があった。(皆、暇なのだろう…)

 知己はヤスのことを思い出していた。
 仲間であり、父親でもあった人。
 今回、今まで避けていたリズや他の仲間たちと再会し演奏することで、昔を思い出して、頭を抱えたくなったり息苦しくなったりすることがあるかもしれない。
 ヤスは、大きな存在だったから。
(でも)
 それも、まあ、いいか。
 と。
 今日、はじめてそう思えた。
 悲しみに潰されなくなったのは、時間が経ったからだ。
 そして。新しい仲間と出会えたから。

 今、目の前に立ち、ベースを奏でている後ろ姿は七年前とは違う。
 曲が終わって客席から拍手が起こったとき、その後ろ姿が振り返り。
 弓を持った手を振って、笑った。


end

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