/BR/知巳
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「こんにちは、はじめまして。それからお久しぶり」
 日本語の使い方間違ってますよ、と言いたいが実は間違っていない。
 実也子、そして知己が客が待つという部屋へ入ると、そこには品の良い年配女性が立っていた。年齢は六十歳くらい。洋装で、肩まで伸びた髪はブリーチの金色。ショルダーバッグを小脇に抱えて、皺だらけの手が添えられていた。
 その他に同じく年配男性が三人、実也子と知己に視線を向けている。
「───っ」
 知己は慌てたりはしなかった。驚きすぎて、反応を返せなかったのだ。汗が噴き出てくるのを感じた。
 女性はにっこり笑うと実也子の手を取って言った。
「片桐実也子さんよね? 噂は聞いてるわ、お話したいと思ってたの」
「え…、あの」
 実也子は目の前に立つ老婦人が何者か分からず戸惑っている。腰が引けているのはそのせいだ。
 女性は気にせず笑顔で続けた。
「あのね、私は…」
 がしっ、と。その手を掴んで、知己が二人の間に割って入った。
「リズ、こいつに変なこと吹き込むなよ?」
 知己のうろたえながらも保身する台詞を聞いて、女性はニヤリと笑う。つぎに。
 ガシッ、と。知己の首根っこを掴んだ力強い腕があった。
「おまえは、こっち」
 そのままズルズルと引きずられて、知己は部屋の奥に追いつめられた。
「がーっ、苦しいって。……キョウさん!」
(何でここに居るんだっ)
 嘆きたい気持ちで、知己は彼らに向き直った。
 先ほどまで知己の首を絞めていたのが石川恭二。それから意地悪そうに笑っている小松省吾と高橋次郎。
 貫禄ある年配男三人に囲まれ知己はたじろいでいる。
「久しぶりだなー、おい」
 何やら脅迫しかねない口調で恭二はポキポキ指を鳴らした。
「ちょっ…、キョウさん。ちょっと待てって」
 落ち着きを取り戻せないでいる知己。
「待てじゃねー。この業界に戻ってくるなら、挨拶に来いって言ってあったよなぁ」
「トモー。一発殴りたいって、恭二が言ってたぞー」
「次郎さんっ!」
「一発ぐらい殴られときなよ」
「省吾っ、てめぇっ」
 正当な反論をしようとした。が。三人の視線に刺され、知己は言葉を飲みこんだ。
 そして三人は口を揃えて。
「おまえが、悪い」
 嫌にはっきりと区切って、言った。
(……)
 分かっては、いる。
「いや、でも…それは確かにそうだけど、…。それにしたって、何で実也子まで呼び出すんだよ!」

 一連のやりとりを見ていた女性陣二人。
「……」
 実也子はこの四人が誰なのか、未だ分からないでいる。でも知己の知り合いだということは間違い無さそうだ。
 あちらでは何やら不穏な会話が展開されていた。知己は必死だが端から見れば仲の良い友人がじゃれているようにしか見えないので口出ししないでおこう。
 実也子は隣に立つ女性に目をやった。その視線に気付き、実也子に優しい笑顔を見せた。
「突然ごめんなさいね。私、リズよ。ちょっと前になるけど、雑誌インタビューを読んだわ。好きなミュージシャンに、私たちの名前を挙げてくれてありがとう」
 え? と実也子はすぐに答えを出すことができなかった。
(リズ……)
 そういう名前の女性は、……一人だけ、知っている。
 RIZのボーカリスト。リズだ。
「え…。エーッ! リズって…、あの、RIZの…?」
「そう」
「や…、私、すごくファンだったんですっ! きゃーうれしーっ」
 興奮を露にして実也子は飛び上がり、握手していた手を上下に振った。その元気の良さに少しだけ驚きつつ、
「今日、前田くんの記事が出たでしょ? あなたのことは昔から聞いてたけど、奇しくも康男の命日だし、会いにきちゃった。こうでもしないと知己も顔出さないしね」
「そっかぁ。今日は加賀見さんの……、────え?」
 ふと、実也子は思い立ってリズに訊いてみた。
「あの…、長さんとどういう関係なんですか?」
 あら、と拍子抜けしたようにリズは首を傾げた。
「あれ? 実也子ちゃんて、さっき、RIZのファンだったって言ったよね?」
 勘違い? と首を傾げるリズ。
「今もそうです!」
「…」
 繋がらない会話にリズは額に指をやり、何やら考え込んでいる。
「あのね。RIZって、何人いたか、知ってる?」
「え? えーと、五人…じゃなくて六人ですよね、確か。あはは…実は加賀見さんばっかり見てたので、あんまり詳しくは…」
 リズは笑いを堪えきれずにくすくすと声を立てた。
「六人っていうのは正解。どんな人がいたか、なんて覚えてないわね」
「すみません」
 ぽりぽりと頭をかく。
「謝らなくていいのよ。じゃあ、教えてあげる」
(……?)
 ふと、気付いた。
 確か、実也子は「長さんとどういう関係なんですか?」と尋ねたのだ。
 リズはそれに答えようとしてくれている。だとしたら、この話運びは、どういう関連だろう。
「RIZはね、ベースの加賀見康男と、…今、この部屋にいるあなた以外の五人で成っていたのよ」
 そのように語るリズの後ろでは、知己が他三人に追い込まれているところだった。
 実也子は息を飲んで目を見開いた。この部屋には、実也子を抜かすと五人しか、いない。

「ちょーさぁんッ!」
 耳を破る声がしたと思ったら、実也子が駆け寄って知己の腕にしがみついた。それには恭二たちも驚き、思わず道を開けてしまった。
「え…? あ…なんだぁ?」
 下から睨み付けてくる実也子は顔を真っ赤にさせ、目がうるんでいた。 
「長さんが、RIZのドラマーだったってっ、ほんとっ?」
「あ…」
 その問題があった、と知己は今更ながら気が付いた。リズが言ったのか。

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