/BR/YourSong
≪1/3



「素直に呼べばよかったじゃない? 溜め息吐くくらいなら」
 ひそめた声で口にしてから、ちょっと冷たかったかな、と後悔した。でもこの台詞を朝から我慢していたので、私的にはかなりスッキリ。彼にとってはイジワルだろうけど、謝るつもりはなし。まったくなし。たたみかけるけどなし。
 私の本心だし、彼の図星だろうから。
 すぐ隣、同じ向きに座っている彼は軽く睨みを効かせてうらめしそうに言った。
「こういう日にそういう言い方は無いんじゃない?」
 同じく、彼も小声だ。
 目の前で展開されるパーティに私はあまり熱心じゃない。こういうイベントには消極的な本日の主役2人の為に、友人達が企画・敢行してくれたパーティだった。私たちは主役席に2人、並んで座っている。もちろん、つまらない顔をするわけにはいかない。それを心得ていたからこそ、私は笑顔のまま小声でイジワルを言ったんだし、彼も周囲に気付かれないように軽く睨み返したのだ。
 彼はシワひとつない白いスーツを着て、左胸にオレンジ色の花を差している。同じく私はスマートな純白のドレスに同じ花のブーケを持っている。今日は2人の結婚披露宴だった。
 正面の雛壇の上では、現在、友人たちのお決まりの出し物が進行中。彼や私の両親と親戚一同はそれを楽しそうに鑑賞したり、こんな機会でもなければ会うことがない血縁と歓談したりしていた。
 嬉しいし、幸せだと思う。
 たくさんの友人たちが集まってくれた。2人を祝ってくれてる。彼を愛してるし、両親に感謝する。こんな風に生まれて初めて素直でイイコになる日でも。
 ごめん。私はあまり、パーティを楽しんではいなかった。
 彼本人はきっと、楽しんでいるつもりになってる。───でも朝から彼が、人知れず憂えていること、私は知っていた。その理由も、知っていた。
 それが気がかりで、悪いとは思いつつも私は友人をそっちのけで彼のほうばかり気に掛けてる。
「溜め息なんか吐いてないだろ」
「わかるの。私は」
 ちょうどその時、彼の男友達がそのまた友人によるギター伴奏にのせて、流行りの歌を歌い始めた。彼がその歌に気を取られたことに、私は気付く。
 その曲は、デビュー一年ほどの五人組のバンドの歌で、先月リリースされたばかりのバラードだった。ここ数週間はチャートのトップを飾っている歌だ。わざとらしいほど酔って歌う友人に、周囲は口笛や歓声を投げている。
「…ねぇ」
「ん?」
「気なんか遣わずに、招待状出しとけば良かったと思うわ。来るか来ないかは、ミィちゃんが判断する」
 そんなこと言ってももう遅いことはわかってる。でも結局気をもんでいる彼の行動に異を唱える私の気持ちもわかって欲しい。
「その判断もさせたくないから、送らなかったんだよ」
 と、彼はもっともらしいことを言う。けど私には言い訳にしか聞こえなくて、正当化する為の理由付けにしか聞こえなくて、ドカンと頭にきた。
「だ、か、らっ。それを決めるのは君じゃないのっ、ミィちゃんなの!」
 こらーっ、新郎新婦、記念すべき第一回夫婦喧嘩は旅行から帰ってからにしろー。と、歌い途中の男がそのままマイクで響かせて、会場がドッと沸いた。私たち2人は揃って前を向いて苦笑する。皆の、こちらへの注意を早めに分散するためのごまかしだ。こういうケースに対し、私たちのチームワークはすこぶる良い。
 まったく。披露宴でこんなやり取りしてるの、私たちくらいだ。
「…後悔するから」
「そうしたら慰めてくれ」
「甘えるナ」
「その場になってからの譲歩に期待」
 私は深い息を吐く。
「しょうがないわね。どうせ君は、ミィちゃんに怒られることは間違いないワケだし」


*  *   *


「あいつとつきあい始めたってマジ?」
 大学時代。同じクラスの男子にそんな風に言われた。あいつ、というのは彼のことだ。
「苦労すると思うな」「どうして?」
「あいつ、姉ちゃんとすげー仲良いんだよ。休みの日とか一緒に出かけるくらい。オレはあの姉弟知ってるから、シスコンという表現はしないでおくけど、恋人としては複雑じゃね?」
「友達としてはどうなの?」
「まー会ってみれば分かるけど、あいつの姉ちゃんはおもしれー人だよ。よく笑うし喋るし、そのヘン、あいつとはあんまし似てないかも」
「つまり、彼は非社交的だと」「いや、社交性が高いのは弟のほう」「なにそれ」
「オレもよーわからん」


 ああ、でも。…わかってきた。
 標準以上によく笑うわけでもよく喋るわけでもないけど、確かに社交性が高いという意味。
 隣を歩いていると、彼のこと、わかってくる。
 友人が多い。「うち、田舎だから。近所付き合いとかうるさいんだ。それにこの学校、俺がガキの頃から知ってる連中がすごく多いから」とは、彼の言。
 意外にも料理が得意なこと。挨拶がしっかりしてること。
 歩幅を合わせてくれること。(これ、できない男は結構多いんだ)
 彼の両親にも会った。彼は母親似みたい。父親は農家をやっているだけあって筋骨たくましい人だった。
 噂のお姉さんにも会った。初対面のとき、その人懐っこさにビックリした。最初は彼の妹かと思ったくらい、無邪気な笑顔を見せる人だった。
 いつか聞いた通り、よく笑いよく喋る人だった。そしてそれが、社交性とイコールでないこともわかってきた。彼女は歳不相応に、裏表無い感情を表に出す人だったので、多分、人によっては退いてしまうこともあるのだろう。
 幸い、私は彼女とうまく付き合えていた。ただ、これも聞いていた通り、彼女は彼と仲が良く、姉弟というより、彼の女友達のように見える。
 私は彼女のことも好きだから、本当は認めたくはないけど、やっぱり嫉妬してたのかも。
 ある夏、彼女が帰ってくるなり
「好きな人できた!」
 と、真っ赤な顔で宣言したとき、私はほっとしていた。

≪1/3
/BR/YourSong