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 東京都A区─────。

「じゃあ…、使うんですね? Kanonの曲を…本当に」
 夏休みまであと二週間、自宅の電話口でそう言ったのは十五歳の叶みゆきだった。
 中学三年生のみゆきは期末考査真っ只中。中休みの週末である今は数学の教科書と格闘している最中である。例え休みの日でも平日と同じ三つ編みと眼鏡。引っ込み思案で口下手なみゆきは電話で相手に伝えるということが苦手だが、今は受話器を握り締め、叔父に当たる人物の次なる詳細を待った。
「Kanonの曲を…。いつですか?」
 意外さと、純粋な驚き、そして期待が含まれる声。誰もいない廊下に上ずった声が響く。
「できれば夏のうちには出したい」
「…急、ですね」
 叔父とは特に付き合いがあるわけでなく、最近なって言葉を交わすようになった。その息子、つまり従兄弟とは昔馴染みで昔からよく遊んでいたが叔父とはあまり顔を合わせた記憶がない。多分それは、叔父が音楽事務所の社長という肩書きを持っているせいもあるだろう。
「すぐ動き出せる手筈は整えてある。…問題は演奏者だけだ」
「……どうするんですか?」
「それについては検討してある。叶にも協力してもらいたい」
「え……。ええっ? 私がっ?」
 すっとんきょうな声を出すと、電話口の向こうからは不機嫌な空気が伝わってきた。
「無理にとは言わんが」
「えっ、あ、……、やりたいっ! やらせてくださいっ」
 自分でも信じられない程、みゆきは大声を出していた。何故ならずっと昔からみゆきはKanonのファンで、その音楽が形になっていく様を見たくないと言ったら大嘘になる。そしてKanon自身も、自分の音楽を皆に聴かせたいというのが昔からの夢で、その手伝いができるならそれはみゆきにとって至福の喜びだろう。
 しかも音楽事務所社長の叔父が絡むとなったら、ちゃんと世間に発表されて、CDになったり有線で耳にしたり、沢山の人に聴かれるようになるのだ。
「じゃあ夏休みは開けておいてくれ。叶には主に雑用をやってもらうことになる。それから……」
「え?」
「いや、後で話す。それから急で悪いが、来週の土曜日に打ち合わせをするので事務所のほうに来い、以上だ」
「あ、はい」
 みゆきが返事をしている間に電話は切られた。しかしそんな事も気にならない程、みゆきは舞い上がっていた。

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