/コラボ/夏の日の
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1. 日辻篠歩

 冷房の効いた部屋の中にいても、体から吹き出るような熱は残っていた。蒸し暑い炎天下をここまで歩いてきたのだ、冷めるまでには時間がかかるのだろう。テーブルの上に出されたグラスからは水滴が落ち、コースターを濡らしていた。それにしても暑い。
 季節は夏だった。
 日辻篠歩(ひつじしのぶ)は、とある事務所に来ていた。訪れたとき、そこにいたのは一人。ショートの髪のあいだから見える赤いイヤリングが印象的な女性だ。冷房対策なのか、ゆったりとしたスカーフを首に巻いてた。
「あの、本当にあなたが、所長さん…ですか?」
「ええ」
 目の前に座る女性は書類から目を離さずに答える。難しい表情をしているが、それは篠歩の質問が気に障ったからではなく、書類の内容に対してのものだ。その証拠に、彼女は篠歩が持ち込んだその書類を見るなり表情を曇らせ、大きく溜め息を吐いたところだった。
「私が所長です。それがなにか?」
「あっ…え、いえ。お若い方だなと思って」
 おっと失礼だったかな、と口を塞いでも、当の本人は「よく言われます」と、涼しい顔だ。
 おだてられたわけではないことは本人も解っているらしい。それくらい、所長という肩書きを持つには若い。目の前の女性は篠歩よりずっと若かった。まだ20歳そこそこだろう。
 先ほど受け取った名刺には「A.Co. 所長 阿達史緒(あだちしお)」とある。
 篠歩は職場の上司にこの事務所を紹介された。上司が世話になったというのは3年前だというので、少なくとも3年前からこの事務所はあるはずだ。ああ、そうか。もしかしたら、この若い所長は2代目なのかもしれない。ところがどっこい。
「私は4年前からここの所長をしています」
「は?」
「この業界の中ではまだまだ駆け出しですが、少しは実績があるつもりです。けど、もし、若い所長がご不満ならどうぞお帰りください」
「いえ、…そんな」
「どちらにしろ今回はお役に立てませんから」
「え?」
 ぱさっ、と書類がテーブルに流れた。それはついさっきまで阿達が読んでいた依頼書である。
「去年から時々いますよ、あなたと同じ依頼に訪れる人」
「やっぱり!?」
「うちだけでも、あなたで6人目です」
 6人。
 それが多いのか少ないのか、篠歩には判らない。
「うちだけ、というのは?」
「ひと月に一度、30社くらい集まって情報交換をするんですけど、やはりどこもこの依頼を一度は聞いているようです」
「それって、すごく。多い、ですよね?」
「ええ。私が知るなかでも、ここまで過熱状態な案件は初めてですね」
「わぁ…。やっぱり、どこも捜してるんだ」
「もう3年目、でしたか。これまで多くの調査機関やマスコミが動いてきているはずですが実のある報告を噂でも聞きません。わかります? それだけの組織が動いているのにもかかわらず、すべて無駄足で終わっているんです。───ですから、私たちのあいだでも不文律に」
 阿達は睨み付けるような視線を篠歩に向けた。
「“『B.R.』には手を出すな”」

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