/コラボ/夏の日の
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「それで? 山田さん。A.CO.(ここ)へは何しにきたんですか?」
 史緒は鷹揚に尋ねた。
 答えは判りきっている。要は山田が、それを認めるか認めないかだ。
「…ここは、興信所かなにかですか? 祥子さんからは調査事務所のようなもの、と聞いてますが」
「ええ、そんなようなものです。最近の流行(はや)りは“B.R.の正体について”。どんな些細な情報でも、こちらの言い値で買い手に不自由しません」
「参考のために聞いておきたいんですが、相場はどれくらいですか」
 山田が何故そんな質問をするのか祥子にはわからない。けれど史緒は「そうきたか」と言うように薄く笑う。
「取引します?」
「そうは言ってません。相場を訊いただけです」
「…そうですね。警察が情報提供者に出す報奨金額と似たようなものかしら。でもこの場合は相場なんてアテになりませんよ。世間を騒がせたい職業の人間は、金額なんてどうでもいいんです」
「それは困りますね」
 山田は自嘲気味で、答え方に迷っているようでもあった。
「そういえばまだ答えてもらっていませんが。山田さんがなにしにきたのか」
「そう。僕は…口止めに来ました」
「山田さんが困るんですか? それとも他の? やっぱり所属事務所の偉い人に怒られたりするんですか?」
「気になります?」
「少しは」
 皮肉のつもりだったのだろう、けれど史緒は楽しそうに笑ってそれをかわした。
「僕も困りますが、それ以上に戸惑う仲間がいます。まぁ、事務所も少しは慌てるでしょう」
「あら。じゃあ、私たちに口止めするつもりなら事務所の人間を連れて来たほうが話が早いのでは? 口を塞ぐ対価を支払うのに山田さんでは役者が不足だと思いますけど」
「……っ」
「またと無い書き入れですから、売り先は慎重に選ばせてもらいます。そちらがどう出るかは、それまでゆっくり待ちま」
「いいかげんにしてッ!」
 我慢ならずに祥子は飛び出す。祐輔を庇(かば)うように立ちはだかった。
 史緒は眉一つ動かさず、祥子に視線を転じた。
「A.CO.(うち)はゴシップ屋じゃないはずよ。人の弱みに付け込んで脅すなんてサイテー、情報(ネタ)を巡って取引なんて、らしくないじゃない。お金がよくても、同業から注目されるようなことはしたくないってぼやいてたのは誰?」
 史緒は止めようとも言い返そうともしないので祥子はさらに続けた。
「大体、B.R.には興味ない、扱いたくないって言ってたのはついさっきよ? 舌の根も乾かないうちになにを…」そこまで言って祥子は我に返った。「───…って、アレ?」
 そうだ、史緒は最初に言った。B.R.のネタは扱いたくない。どこかがカタをつけてくれればいいのに、と。
 山田が現れたからといって史緒が意見を翻す理由はない。
(……まさか)
 改めて史緒を見るとその表情は数分前から少しも変わっていない。しかし祥子と目が合うと史緒はくしゃりと歯を見せて笑った。
「ま、そういうわけなんです。山田さん」降参を表すように両手を上げる。「いじわる言って、すみませんでした」
「は?」
 祥子の背後から、山田の気の抜けた声が聞こえた。体勢を整えたのは祥子のほうが早かった。
「史緒、あなたねぇ!」
 最初から言っていたとおり、史緒はB.R.の情報を売るつもりなんて無かった。
 おそらく八つ当たりも兼ねているのだろう、腹いせに山田を、そして祥子をからかっただけだ。挑発するような態度も、脅すような物言いも、ぜんぶ。
「性格悪いにもほどがあるよっ」
「それは祥子が一番良く知ってると思ってたけど」
 悪い冗談をやらかした後なのに史緒は涼しい顔だ。
「───ということは、黙っていていただけるんですか」
 まだ少し緊張が残る声の山田。
 けれど流れを無視して史緒はあっさりと否定した。
「いいえ。私は見返りなく口止めされるのは不愉快です」
「史緒」
「だから今日ここで聞いたことは忘れることにします。───私は山田さんに、この約束を保証することはできます。そう言う私を信じられるかは山田さん次第ですけど」
 史緒は山田を見て不敵に笑う。
「私が約束するのは私のことだけです。祥子のほうへは個別に口止めするなり交渉するなりしてくださいね」

*  *  *

 祥子と山田は駅までの道を歩いていた。
 一連の出来事に祥子は足にくる疲労を感じていたが、山田もどこか疲れた顔をしている。2人が事務所を出るときに見送っていた史緒の涼しい顔が恨めしい。
「なんだか久しぶりに一方的にやられたという感じです」
 と、山田は苦笑する。
「本当にごめんなさい、失礼なことして」
「いいんですよ。僕も首が繋がりました」笑うのをやめて、山田は少し考え込む仕草をする。「ところで祥子さん」
「はい?」
「阿達さんと僕がやりあってるとき、庇ってくれたじゃないですか」
「庇ったっていうか…あれは、史緒があまりにひどいこと言うから」
「でも、あれが無かったら、例え同じ結果になっても、僕は祥子さんに対して疑念が残ったと思います」
「えっ」
「約束してくれても、僕の知らないところで祥子さんたちがなにを画策するか判らないし、慎也たちと4人で会っていても祥子さんの言動にヒヤヒヤしていたと思います。でもあのとき怒ってくれたことで祥子さんの本質は見られましたし」
「そう、…ですか?」
「そういう禍根を僕らに残させないためにわざと、阿達さんは祥子さんを怒らせるようなことを言ったのかもしれませんね」
「……」
「あれ? そういう気遣いをする人物じゃないんですか?」
「違いますっ。あれは単に性格が悪いだけですっ」
 むきになる祥子を見て、山田は声をたてて笑う。
「そういえば祥子さんの口止めもしなきゃいけないんですけど」
「あ。それはもちろん、ご心配なく。本当に、口外しません」
「それを聞いて安心しました。祥子さんと気まずくなると、沙耶や慎也のほうにも影響ありますし」
「やだ、それを言ったら私のほうが影響大ですよ。付き合いの長さを考えれば断然不利です」
「そうでもないでしょう。慎也とはなにか因縁があるそうじゃないですか」
 そういえばそれも、この季節のお話。
 祥子は笑って返した。
「それはまた、別の話です」
 見上げれば、梅雨明けを示す高く青い空。
 こんな夏の日の匂いには、B.R.の歌がよく似合うだろう。

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