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1.
 1999年1月。
「お──── っしゃああぁ、みつけたぜっ」
 秋葉原の駅前。木崎健太郎は突然大声を発した。そして学校指定の黒いコートをひるがえして、その場から駆け出した。
「あ、おい・・・健太郎!」
 同行していた学生服の一団・私立宮杜高校パソコン研究部の部員たちは、理解不能な健太郎の行動にあっけにとられた。激安のモデムでも見つけたのか、と部員の一人が笑ったが、健太郎が向かったのは店の中ではなかった。
 昨日の雪がまだ残る駅前のあまり広くない通り、しかし覆い被さるような威圧感を覚える高い建物の軒並みを飛び越えるような勢いで、健太郎はある方向へと走った。
(やっと見つけたっ)
 ただすれ違うだけじゃない。声も聞いていないけど、関心を持った対象。
 決して、一目惚れとかそーいうのじゃないぞ、と健太郎は言う。
 色恋沙汰じゃない。純粋な興味。
 理由はいくつかあるけれど、強いて言うなら、それは直感だ。
 健太郎の向かう先には、ガードレールに座っている女がいた。年齢はどう見ても高校生。その落ち着いた様子に騙されそうだが、午前10時という半端な時間に私服で、専門店が並ぶこの通りに来ているのは普通とは言えないだろう。まあハイティーンだからといって学生と決めつけるのも偏見かもしれない。
 それでも何か、健太郎が都合のいい時だけ信頼する「直感」というものが働き、シグナルを送る。
 何か変わるかもしれない、と。



 ・・・最近つまんねーよなー。
 それが木崎健太郎の口癖だった。
 決して学校がつまらないわけではない。授業ではそれなりに単位を取っていれば何ら問題はないし、部活は気のいい連中ばかりで話も合うし居心地もいい。楽しいことは楽しい。
 しかし健太郎が欲しいのはそういったことではなかった。
 刺激。
 単調な毎日を送るのはもう飽きた。アクション映画を見るようなスリルとサスペンス(?)。何というか手に汗握ってドキドキハラハラしてみたいものだ。
 一市民高校生の欲望というか。
 そう思うなら自分から動かなければだめだ。他力本願ではいけない・・・とわかっている。しかし、具体的に何をすればいいのか、健太郎は動けないでいた。
 ────・・・別に、それを「彼女」に求めたわけではないけれど。
 「彼女」はストレートの髪を肩までのばし、ハイネックのセーターとその上に薄茶色のコートを来ている。膝上のタイトスカート。
 何を見て、というわけでもないがイマドキの女の子ではないな、と健太郎は思った。落ち着いた雰囲気。あまり興味が無さそうに周りを見る目つき。
(・・・けっこう、かわいいかも)
 色恋沙汰ではないはずの興味は、もしかしたら一転するかもしれない。健太郎は足を止めた。
「あの・・・っ」
 考えるより先に声が出た。だから健太郎の声に彼女が振り向いたとき、何を言えばいいのか分からなくなった。
「はい?」
 振り向いた彼女と目が合う。
「えーと・・・その」
「?」
「あ、誰か待ってんの?」
(うわぁ、オレってばかー)
 なに言ってんだ、と頭を抱えうずくまって自分をなじるがフォローの言葉も出ない。違う、こんなことが聞きたいんじゃなくて。
 と、思っても、よく考えれば何も────本当に何も、彼女を前にしてからのことを想定していなかったことに気づく。
「・・・ええ、まあ」
 白い息を吐いて彼女は不審げに応えた。
 焦りのあまり本来の目的を見失うというのはよくある。このとき健太郎に目的と呼べるものがあったかどうかは謎だが、いつも社交的な彼が言葉に詰まるというのは珍しいことだった。
 ちょっとまって、と彼女に言うと、顔を見られないように背を向けて深く息を吸う。吐く。
 そして振り返る。
「この間もここで見かけたけど、何やってる人なわけ?」
 健太郎には深呼吸すると、動機が緩くなり平静に戻れるという特技があった。当然のことかと思われそうだが、それに成功する人間は結構少ないはずだ。
「・・・・」
 さすがに怪しく思ったのか、彼女は口を閉ざす。
「あ、別にナンパとかじゃないから」
 と、説得力の無い弁解をしてみても、彼女の上半身は完璧に退いていた。
(逃げられても困るけど、どうすれば・・・)
「あっ・・・」
「え?」
 彼女が何かに気づいて腰をあげた。その時。
「待たせたな」
 口調に似合わない高い声が健太郎の背後で響いた。反射的に振り返る。が、そこには誰もいない。
(あれ・・・?)
 さらに声が続く。
「誰だ? こいつ」
 こいつ、というのはおそらく健太郎のことだろう。声の源を探し、視線が下降する。
「えぇっ!?」
 声の主はそこにいた。ただし、かなり小さい為に健太郎の視界に入っていなかったのだ。
 身長は健太郎のウエストくらい。目つきの悪い子供が、両手に荷物を抱えて健太郎を睨んでいる。どうみても小学生の女の子。
「三佳」
 彼女が安堵の表情で少女の名前を呼ぶ。
「おまえも、変なのに引っかかるんじゃない」
「そんなんじゃないわよ」
 妙な組み合わせの二人に健太郎は目を見張った。
(偉そうな口調のガキと、それにおまえ呼ばわりされてる同年輩の女・・・)
 やっぱり普通ではない、と思う。
「寒いから早く帰ろう。それともどこか寄ってく?」
「そんなに寒いなら一緒に来ればいいんだ」
「遠慮しとく。あの店の匂い、気持ち悪くなるんだもん」
「じゃ、今度の荷物持ちには篤志でも連れてくるか」
 二人は何やら言い合っていたが、突然その視線は健太郎に向けられた。
「それから」
「は?」
 小学生にがん付けられたのは初めてだった。
「ナンパするならほかを当たったほうがいい。こいつは手に負えないぞ。それに世間知らずだ」
「三佳っ!」
 彼女は連れに「世間知らず」と評されて、大声でそれを制した。健太郎のほうもその発言には異論がある。
「なっ、ナンパなんかじゃないっ」
「じゃ、なんだ?」
 自分より背の低い、しかも小学生に見下されたのも初めてかもしれない。
「それはっ」
 それは。
 健太郎自身だけでなく、少女のほうもそれに続く言葉がないことを見抜いており、彼女の前に立って歩き始めた。彼女もそれに続く。
 彼女は一度だけ、申し訳なさそうに振り返った。その視線には同情も含まれていた。
(ぐぐぐっ・・・)
 結局、彼女のことは分からずじまい。その連れの小学生には馬鹿にされるし(これは被害妄想)踏んだり蹴ったりである。健太郎は二人の影を見送るしかなかった。
 さらに追い打ちをかけるがごとく、背後にはいつのまにか、置いてきぼりにされた部員たちがそろっていた。そして小声で、わざと聞こえるように囁いた。
「・・・フラれたな」
「ああ・・・」




 ───2週間後。
 都内某所。
 5階建ての建物の1室。壁に面する窓に背を向けて、阿達史緒は専用のデスクにむかっていた。
「史緒、御園さんから郵便。・・・組合の例の件のことだ」
 声をかけたのは、背が高く長い髪を一本に結んでいる関谷篤志である。その片手には厳封してある白い、少し大きめの封筒が握られていた。電子メールやFAXという手段もあるが、機密性を優先するとなると、郵便は一番確実な方法になる。
「さっすが真琴くん。速いね」
「じゃあ早速交渉、ということでいいのかな」
「ええ。この件は篤志に一任する。日時を決めてここに連れてきて」
 ふと、篤志は意外そうに顔をあげた。
「いいのか? 今までメンバーを加える時は史緒の独断・・・好みで決めてたのに」
「あんまり変な人なら嫌だけど・・・今回職種にこだわったのは私だし、人格にまで贅沢言えないわよ。篤志がいいと決めたならその人で決定。もし駄目なら組合に突き出すわ。それでいいでしょ?」
 笑顔でさらりと恐ろしいことを言う。
「責任重大だな」
 御園真琴からの調査結果──── 顔写真は間に合わなかったが詳細な報告書を見て、関谷篤志は溜め息をついた。

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