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2.
 私立宮杜学園高等学校情報処理科。2年8組。木崎健太郎はそこに在籍している。
「木崎ー、いるかー」
 パソコン研究部の部室。ドアを開けて入ってきたのは3年生で部長の小林だった。健太郎は読んでいた専門雑誌から顔を上げた。
「うぃーっす、部長。おはようございます」
「なんだ、まだ元気ないのか。よほどフラれたのがショックだったんだな」
「・・・部長。それ、いい加減引き合いに出すのはやめて」
 半月前の秋葉原での事件は、次の日には部内、ひいてはクラスにまで広まっていた。
(どーいう友情だ・・・)
 はああああ、と大袈裟に溜め息をつく。
 6限目が終わって三十分。この時間にしては今日は集まりが悪かった。室内には三人しか来ていない。
 十畳ほどの部室にはパソコンが五台と机と本棚がひしめき合っている。
 通常、この手の部活では校内の実習室を部室として使うのだろうが、部のプライバシー保護と活動の自由を立て前に交渉したところ、学校側は快諾してくれた。これによりパソコン研究部は堂々と遊ぶ場を確保したのだった。
 部が所有権を持つコンピュータの数はこれだけあればなかなかのものだろう。と言ってもパソコンは実習室のお下がりで、未だに旧OSを使用している。それでもどうにか学校のネットワークに入れてもらい、通信は可能にしていた。
「そーいや木崎君」
 部長は突然改まって、だが苦々しい声で健太郎の名前を呼ぶ。
「君が退学になりたいんだったら、そういうヤバい事はうちの部を辞めてからにしてくれないかな」
「え?」
 とぼけた健太郎の返答に部長はキレたようだった。
「校内のコンピュータはログが残るんだよっ!」
 知ってるだろっ、と念を押す。部長の拳が今にも頭に降ってきそうな勢いだった。
「それで?」
「この馬鹿、下手すりゃ警察沙汰だぞ。学校のパソコンでハックする奴があるかっ」
 部長の説教は本音からだ。しかし「学校の」と付くあたり外でならいい、という意味合いにも聞こえる。
 部長・小林は先程ホストコンピュータがある3階のコンピュータ室に入り、たまたま置いてあった、プリントアウトしたばかりの通信ログを見て飛び上がったのだった。
 部員思いの部長として、証拠隠滅をするのはもちろん忘れなかった。
「あ・・・そのこと」
「そのこと、じゃないっ。気を付けろよ。まったく」
 ハックできるだけの技術を持ちながら、身近での証拠を消すことに頭が回らないところが怖い。健太郎は基本的に悪人になれるような人間ではないようだ。
「あの時はヒマでしょうがなくてさー」
 悪びれる様子もなく、健太郎は片肘をついてぼやいた。
「暇なら犯罪するのかっ?」
「・・・・」
 ぽりぽりと頭をかく。返す言葉はなかった。
 パソコンが登場した初期の頃に比べて、世界中でもハッカーが少なくなっているのは確かだ。コンピュータのメーカーが激増したこと、それにアープンアーキテクチャにより市場が拡大したのはいいけど、そのぶんセキュリティの技術も飛躍的に発展したことなどが起因となる。
「確かに、おまえはコンピュータのことは詳しい。けど見つかったらただでは済まないことくらいわかるだろ?」
「結局どうにもならなかったわけだし。結果オーライということで」
 部長は溜め息をついた。このお気楽男の将来が心配でならない。
「・・・これから、何か起こったりして」
「まっさかー」
 と、部長には笑って答えはしたものの、内心、「何か」起こったほうがおもしろいな、と健太郎は思っていた。部長には言わないでおくが、この間侵入した相手方はなかなか怖そうな組織だったのだ。でも極秘とか、門外不出とかの情報を得られたわけでもないから、特に問題は無いと思うけど。
 心配性の部長を思って、健太郎は次のような結論を口にした。
「以後、できるだけ気を付けまーす」

 その「何か」が木崎健太郎の前に現れたのは、その日から1週間後のことだった。

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