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3.
「どうした? 健太郎」
 放課後。部活もなく早々と校門を出た健太郎に、クラスメイトが声をかけた。
「おう」
「最近おまえイラついてるだろ。何かあったのか?」
「まーな」
 不機嫌そうに健太郎は答える。クラスメイトは肩をすくめた。
「理由はわからんが、健太郎が悩みを溜めとく、ってのも珍しいな」
「いや、今日こそとっちめるつもり」
 真剣な表情で言う。どこまで本気かわからないところが恐い。
 しかしなかなかどうして、健太郎はどこまでも本気だった。
 クラスメイトと別れ、駅へと続く道を歩きだす。歩きつつも、背後に気配を探るのは忘れなかった。
 もう4日目になる。
 考えすぎでも勘違いでもない。何度も確認している。
 放課後、学校から家にかけて。
 どうやら健太郎は付け回されているらしい。
 しかもどうやら相手が上手なのか、3日間、どうしても撒けないのだ。面白いはずない。
 ストレスが溜まる一方だった。
 今日こそとっちめてやる。その言葉に嘘偽りは無い。わざとゆっくり歩いて、例の気配を待っていた。

(居たっ)
 下校・帰宅ラッシュに紛れて、ここ4日ほど見続けた顔。大胆にも結構近くを歩いている。自信があるのか、それとも・・・。
「あー、もう」
 深く考えるのはやめることにする。
 くるり、と健太郎は180度回れ右をして、つかつかと早足で「その男」へと歩み寄った。近付く間にもその男は視線を合わせない。あくまでしらばっくれるつもりなのだ。
 健太郎はその体でもって、その男の進行を止めさせた。
 そこで、男は初めて健太郎の存在に気付いたかのように、驚いた素振りで視線を合わせる。
 身長は180cm以上で、近付くと視線を合わせる為には、見上げなければならなかった。長髪だが軽薄そうなイメージはない。後ろできっちり束ねて清潔感がある。
「どうして逃げない?」
 健太郎は何の確認もせず、その男に詰め寄った。身長差に気圧されるつもりは毛頭無い。格負けするつもりもなかったので、態度だけは大きく、健太郎は睨みを効かせた。
「・・・何のことだ」
 男は表情を動かさなかった。ただ驚きと戸惑いの表情を「作った」だけだ。
 周囲から見れば健太郎が通りすがりの男に突然喧嘩をふっかけた形になる。しかし健太郎には、それを気にしないだけの確信があった。
「とぼけんなよ、4日前からつけてたのはあんただろう」
(かわいい女の子ならともかく・・・)
 もちろん、これは口にはしない。場の雰囲気というものがある。
 人通りの多い歩道の真ん中で立ち止まる二人を、人波の視線は冷たく語っていた。それを気にしたのは相手の男のほうで、街路樹の方へ寄るよう視線で健太郎に伝えた。
 人波から外れた所で、男は振り返り、改めて口を開く。
「それで? 何だって?」
 男はまだ健太郎の言い分を認めたわけではなかった。しかし逃げる素振りも見せず、健太郎の話を聞こうとしている。・・・面白がっているようでもある。
「だーかーらっ! オレに用があるならはっきりしてくれ。訳も分からないまま追い回されるのは気持ち悪いだろーが。あんたも、・・・それにもう一人のほうも、納得のいく理由を説明してもらわないとな」
 こういう場合、強気の態度が無駄になったことは無い。しかしこの時、ふんぞり返って偉そうなことを言っても、健太郎は内心気が気ではなかった。
(・・・オレ、何もしてないよなぁ)
 もし、この男が(ありえそうもないけど)補導員だとする。健太郎は自分を生真面目な学生とは思っていないが、薬も無免許運転もしてない良識ある高校生のはずだ。捕まるようなことをした覚えは無い。それにもし補導員だとしたら、この男がしらばっくれる理由はないはずだった。
「もう一人・・・・?」
 興味深そうに男が尋ねた。明らかに健太郎の発言を促しているのだ。
 何だか試されているような気分におちいる。健太郎は不機嫌そうな声を出して答えた。
「4日間、あんたらが張ってたのは分かってた。その間の行動を考えると、一人では無理だからな」
「へぇ」
「学校から自宅まで。男なんか追っかけても面白くないだろーに。・・・土地勘を利用して逃げても、追い掛けてこない。まあ、それで対面、っていうのはよくあるパターンだけど」
 健太郎が相手の顔を拝もうと、突然街角に隠れても、それにつられてあわてて走ってくるような人物はいなかった。人の波はいつも通り、健太郎に無関心で流れてゆく。それは健太郎にとって期待外れのものであった。しかしそれでも家に帰り着くまで、気配は消えない。
「もう一人、オレを張っている人間がいて、片方が見失っても追えるように保険をかけたわけだろう。下手な尾行で相手に顔を見せるような奴よりは手が凝ってる」
 さらにその二人が随時連絡を取っていれば、見失ったほうも再び合流できるというわけだ。追われているほうは一人の気配に気付くと、それに気を配ってしまってもう一人には気付かない。撒いたつもりでもそれで終わりではなかった。
「それに今日、オレが近付いてもあんたは逃げなかった。そんなことしたら、つけていた事実を認めるようなものだもんな」
 どーだ、まいったか、という態度の健太郎の講義を男は面白そうに聞いていた。
 ひととおり聞き終わると口を開く。
「・・・・驚いた。意外と鋭いんだな」
「馬鹿にしてんのかっ」
「まさか。感心してるんだよ。・・・・知的犯罪者か。さて、どうするか」
 最後の呟きは健太郎には届かなかった。
 関谷篤志は今までの会話で、少なからず健太郎に好意を持っていた。
 おもしろい人間だ。
 悪党でも無さそうだし、頭の回転が速く行動力もある。この人物を仲間に加えることは有益になるだろう。人柄も気に入った。
(決断は、やはり史緒に任せるか・・・)
 降参を態度で表すように肩をすくめて、篤志は健太郎に名刺を差し出した。
「こういう者です」
「・・・」
 健太郎はそれに目を通すと、眉をひそめた。
 A.co. 所員 関谷篤志
 後は住所と電話番号。それだけが書かれていた。率直な意見を返す。
「・・・何? これ」
 大体A.co.とは何だ。会社の名前だろうか。この名刺から分かるのは、この男の名前くらいだろう。
「何、と尋ねられても困るけど・・・・法人でも株式会社でもない、個人会社ということになるのかな。やっぱり」
「あんたの所属だろ? 何やってんの?」
「それも説明が難しい。・・・何でも屋というか、便利屋というか。興信所のようなものと思ってくれても大した相違は無い。詳しくは、きみがウチに入ってくれたら話すよ」
 さらり、と重大なことを言われた気がする。しかも笑顔で。
 健太郎は反応が遅れた。
「・・・・・は?」
 それに答えて、篤志は素直に言葉を繰り返した。
「きみがウチに入ってくれたら話すよ」
「いや、そーじゃなくて・・・」
「とりあえず暇な時にでも、一度そこに来てくれないか? 顔合わせだとでも思って。ウチの所長にも会わせたいし。詳細はその時に言うよ。それからどうするか、決めてもらって構わない」
 すらすらすら、と篤志は話を進めるが、それはかなり一方的なものだった。健太郎はそれに着いて行けず、篤志の台詞を遮った。
「ちょっと待てよっ! ・・・つまり、スカウトしているわけか? オレを?」
「そう」
「どうして?」
「それは後で話す」
「こんな若造を入れて、何か得になるのかよ」
「ウチは若い連中が多いんだ」
 歯切れの良い篤志の返答に、健太郎は再び口を閉ざす。しかしその表情には、不敵な、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
 妙な勧誘でも無さそうだし、目の前の人間も悪い奴ではない。・・・何より普通とは少し違う生活になるかもしれない。もちろん、それは良いほうの意味でだが。
 それに返事は後でいいと言っているのだ。どんな奴らか見てからでも、遅くは無いだろう。
 あまり深く考えず、しかしそれだけ計算して、健太郎は篤志に言う。
「いいよ。おもしろそうだ」
 それを聞いて、篤志も笑顔を返す。
「じゃあ、次の土曜日。午後1時でいいかい?」
「ああ」
「誰かに迎えに行かせるから、この店で待っていてくれ」
 そう言うと、篤志は走り書き程度のメモと、喫茶店のマッチを渡した。
「・・・多分、三高っていう女が迎えに行く」
「わかった」
 健太郎はもう一度待ち合わせの日時を確認すると、じゃあな、と言ってその場から駆け出した。篤志も軽く手を振り、健太郎の背中を見送った。

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