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「篤志さん」
 歩きだそうとした篤志の背後から、弾むような明るい声がかかった。
 そこには中学生くらいの、おだんご頭の少女が笑顔で立っていた。両手を後ろで組んで、篤志の顔を覗き込んでいる。
「蘭」
「珍しいですね。篤志さんが捕まるなんて」
 嫌味ではなく、健太郎のほうを誉めた言い方だった。
「まあな」
 篤志は素直に失態を認めた。
 そして上体を動かさずに周りの気配をうかがう。健太郎が離れた場所から見ている可能性もあったからだ。それが杞憂だと分かると、篤志は蘭の肩を軽く推して肩を並べて歩きだした。並べる、といっても二人の身長差は30センチ弱はあった。体操選手のようにすらりと背筋が伸びた蘭の歩き方は、見る人が見れば、何か特別なスポーツをやっていると分かったかもしれない。
「・・・蘭はどう思った? さっきの男」
「いい人だと思いますよ」
 深い意味は無い。あっけないほどあっさりと、蘭は笑いながら言い切った。篤志は肩を落す。
「・・・お前に聞いたのが間違いだった」
 この少女にかかっては、世界中誰でも「いい人」になるのだろう。実際、蘭が苦手とする人間は、篤志が知っている限り一人しかいない。
「三佳さんと対立するような性格かもしれないですね」
「それは俺も同じ…というか、あいつと対立しない人間はこの世に一人だけだろ」
 いつも顔を合わせる間柄の三佳は、事あるごとに篤志に突っかかってくる。それに起因する出来事ははっきりと覚えているので、理由を追求することもしない。
 もし、木崎健太郎が入ることになったら、彼も三佳の毒舌を浴びることになるのだろうか。そう思うと、篤志は今から健太郎に同情してしまう。
「あと、祥子さんが苦手なタイプかも。結構流行の高校生っぽかったし。でも史緒さんや司さんよりは付き合いやすそうですから、そのうち同調するような気がします」
「・・・・・」
 蘭は身内の分析にも容赦がない。しかし嫌味に聞こえないのが彼女の不思議なところだ。篤志は蘭の人を見る目に、改めて感心していた。
 駅までの道を歩く途中、街頭の時計を見て蘭は声をあげた。
「あ、本当はこの後デートしてもらおうと思ってたんですけど、寮の門限もあるのでこれで失礼します」
「ああ。今日は助かったよ」
 別に二人は恋人同士ではない。蘭の篤志に対するこういう発言はいつものことなので、篤志は気にする様子も無かった。そんな篤志の態度に、蘭は満足している。
「じゃあ、また明日」
 蘭は手のひらを頭上にかかげて、跳ねるように雑踏の中に消えた。






4.
 土曜日。
「ぜ────ったい、嫌よっ」
 どん、と三高祥子は机を叩いた。
 少々オーバーアクションではあるが抗議のほどを見せたまでである。
「まあまあ、祥子さん」
「蘭は黙ってて。だいたい、その木崎って男、まだうちに入るって決まったわけじゃないんでしょ? その人を私が迎えに行くっていうのは、どう考えてもフェアじゃないわ」
 その力説を当てられているのは関谷篤志である。唯一、木崎健太郎本人と面識があり、今日の待ち合わせの日時を決めたのも彼だ。
「って言ってもなぁ、もう時間過ぎてるんだぞ」
「それなら、篤志が行けばっ」
「今日、俺は電話待ち。あの時点で今日この時間、暇だとわかっていたのは祥子だけだったんだよ」
「暇で悪かったわねっ」
 無意味な言い合いの中で時間は過ぎていく。
 傍らで頭をかかえてそれを見ていた川口蘭は、同じく隣りで傍観している七瀬司に囁きかけた。
「あたしが行きましょうか?」
「・・・いや、僕が行くよ」
 は? と司の言葉に全員が振り返る。
 その空気にたじろぎもせず、司は微笑した。
「祥子の言うことも一理ある。どういう人間か見ておきたいし、それに・・・いろいろと試せるしね」
「なるほど」
 司の落ち着いた口調には何故か説得力がある。先程まで言い合いをしていた篤志と祥子も賛同した。
 司が言い出す、この場合の「試す」事柄は暗黙の了解になっている。
「一口二百円で賭けるか」
「そうすると、賭けるのは時間ってことですね」
「あ、あと、その男がうちに入るか否か、っていうのは?」
 メモ用紙と筆記具をひっぱりだして、4人はいつものように相談をはじめる。これは毎度のコミュニケーションで、何故か一番団結力のかいま見える時なのだ。
「じゃ、行って来る」
 ひととおり話がまとまると、外に出るときだけ使うサングラスをかけて、司は手を振ってドアの向こうに消えた。
 部屋に残る篤志、祥子、蘭はそれを見送った。
「・・・なんだかんだ言って、司のやつ、楽しんでるよな」
 そういう性格なのだ。

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