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 同日同時間。
 指定された喫茶店はすぐに分かった。環状線の駅の裏口の道を、直進で10分ほどの場所にそれはあった。
 『月曜館』という名のその店は、雑居ビルの1階にあった。店の中は明るく、観葉植物が多い。窓が大きく、外からもそれがよくわかる。カウンターの中に多種のアルコールが並んでいるところを見ると、夜間はバーになるのだろう。下手な飾り気は無い。全体的にシンプルで、待ち合わせに最適のように思える。
 木崎健太郎は、店の一番奥のボックスに座っていた。
 午後1時5分。合い向かいの席はまだ埋まっていない。テーブルの上のコーヒーカップもすでに空だった。
(待たされるのは、嫌いじゃないけどさ)
 こんなことならパソコン雑誌でも買ってくればよかった、と健太郎は思う。暇を潰すものさえあれば、こんな時間は何でもないものなのに。
 ふう、とため息をついて、左腕の腕時計に目を落した時。
「失礼します。木崎さま。ただいまお待ち合わせの方は少々遅れるとの連絡が入りました。もう少々お待ちくださいませ」
 ずいぶん丁寧な声がかかる。先程席に案内してくれた、この店のマスターだった。
「どうも」
 聞き届けた旨を伝えると、マスターは笑顔で一礼して去っていった。なかなかの好印象。人柄なのだろうか。
 さらに5分後。サングラスをかけた青年が店に入ってきた。することもないので、健太郎はその姿を何の気なしに目で追う。青年はカウンターでマスターと言葉を交わし、店の奥へと歩きだす。その手はまるで空気の中を泳ぐように、空中を掻いた。
(・・・・?)
 肩肘をついて眉をひそめる。しかしそれはすぐに意味不明な呟きに取って代った。
「げ」
 気のせいかその青年は健太郎の方へと歩いてくる。身構えていた健太郎が座っているボックスの前まで来ると、にっこり笑って言った。
「お待たせしました。A.co.の七瀬といいます」



 年は20前後。先日の関谷篤志よりは年下だろうか。サングラスをかけていて表情は半分しか見えない。涼しげな口元、穏やかな雰囲気がサングラスと不釣り合いで違和感を感じさせる。
 はっきり言って似合ってないぞ。
 初対面の人間にそれをはっきり言うほど無神経でもないが、健太郎は別の意味で、堂々と遠慮なく、思っていることを口にした。
「グラサン、外してくれない? 目を合わさない人間は信用しないことにしてるんだ」
 敬語を使うことはハナから諦めている。司は健太郎の言葉と口調に少なからず驚いたようだった。一瞬肩が動く。
 次にふっと笑うと、慣れた手つきでサングラスを外し、テーブルの上に置いた。
「失礼」
 どことなく焦点の合わない瞳が健太郎に笑いかけた。訝しむがそれを追求するほどでもない。
「・・・初め、女が来るって話だったよね」
「ええ。けど、本人が今日になってごねまして。急遽、代理として僕が来ました」
「・・・・?」
 注文もしていないのに、司と健太郎の前にコーヒーが運ばれる。またもやさっきのマスターだった。会釈をして健太郎の前にカップを置き、空のカップを下げた。そして司の少し右寄りに、やたらと丁寧にカップを置く。
「ありがとう」
「どう致しまして」
 どうやらこの二人は顔見知りらしい。挨拶を交わすと、健太郎と司の会話を邪魔しないように気を使って、マスターはそそくさとテーブルから離れていった。
「えーと、さっきから話が進んでませんね。とにかく、今日はメンバーと会っていただく、ということで」
「この間の人も言っていたけど、オレ、まだ入るって決めたわけじゃないよ」
 警戒しているわけではない。健太郎は8割がた心を決めているのだが、一応予防線を張ってみたのだ。
「もちろん、今日の話し合いの後で決めてもらって構いません。こちらからもいくつか条件を出すと思いますし」
 ぺらぺらと話す仕草を見て、健太郎はやはり変だ、と思う。司の行動に何度目かの疑問を感じた。
 何が、とは言えないが、七瀬司が目の前で話す姿はどこか違和感を覚える。何かが不自然だ。
(何だ・・・?)
 笑ってはいるが一線引いているような言動。好きになれないタイプだ。
 男を相手に好きなタイプも何も無いが、この間の関谷篤志とは全く違う人種だ。この二人が仲良く話すシーンは、どうも想像できない。
 それとも初対面の健太郎相手だから、よそよそしいだけだろうか。
 司の喋る内容も理解しつつ、頭の中ではそんなことを考えていた。
 そして二人のカップが空になったころ、司は再びサングラスを耳にかけた。
「そろそろ、行きましょうか」
 レシートは当たり前のように、司の手におさまっていた。
 健太郎もそれに倣って席を立つ。司の後に続いた。
「お帰りですか、七瀬さん」
 カウンターからマスターが顔をのぞかせる。
「ああ。また夕方寄るかもね」
「みなさんによろしく」
 会計を済ませながらそんな会話を交わした。司が歩き始める。健太郎もそれに続く。
 そして司が風除室へ続くガラスのドアに手をかけた時。
「あ、そこに新しいプランター入れたんですよ。お気を付けて」
 マスターが声をかけた。
 何気ない一言だった。
「うん、いい匂いだね」
 司は答えて、今度こそ本当にドアを開き、二枚目のドアも越えて店の外に出て行った。
(・・・・・・?)
 些細な会話だった。深い意味も無い。それなのに先程の言葉は健太郎の頭に妙に引っ掛かっていた。
 正体のはっきりしないものを抱えながら、健太郎もドアを通り抜ける。そこには、さっきマスターが言っていたプランターが、綺麗に花を咲かせていた。
 新しいプランター入れたんですよ
 そんなこと、見ればわかる。
「・・・・っ!」
 はっ、と健太郎は、目の前を歩く七瀬司を凝視してしまった。
(まさか・・・)
 そう思いつつも、一度行きあたった想像をかき消すことはできない。
 まさか。
 七瀬司の後ろ姿は外に消えていた。普通に歩いている・・・ように見える。
 バンッ、と健太郎は最後のドアを、力任せに押し開けた。
 そして叫ぶ。
「まさかあんた、目が見えないのかっ!?」
 幸い通りに人は少なかったので、健太郎の声に立ち止まる人はごく少数だった。それを気にも止めず、健太郎は司の反応を待つ。
 有り得ないことだと思った。しかしもしそれが正解なら、全ての疑問にかたが着く気がする。
 既に通りを歩き始めていた司の足が止まった。それに追い付くように健太郎は喫茶店のドアから早足で駆け寄る。
 すると何を思ったのか、司は懐から携帯電話を取り出し素早く3つ程ぼたんを押した。
 『1』を2回。『7』を1回。
 常識ある日本人なら、誰にでも分かるだろう。
 時報だ。
 電話に耳を傾ける司の不可解な行動に、健太郎はついていけないでいる。質問にも答えない態度に何か言い掛けたが、司の呟きのほうが先だった。
「15分か・・・。意外に早かったな」
「おまえなぁっ!」
 説明するという言葉を知らないのだろうか、この男は。
 司は電話を切ると、健太郎に向き直った。
 そして。
「あたり。実はなんにも見えない」
 サングラスを外して、司は健太郎に笑ってみせた。バレたか、とでも言うようにその笑顔は今までのとは違い、子供っぽく見えた。心なしか声も明るい。
「・・・・っ!」
 健太郎は言葉を失う。不覚にも呆然として、先を歩く司に遅れをとってしまった。
(騙された・・・っ)
 別に騙されたわけではないが、健太郎は心の中で拳をつくる。
 猫をかぶっていたというわけか。それが健太郎の結論だった。
 どーいう人間だ。
(つっ・・・疲れる・・・)
 一杯食わされたことになるんだろうか。認めたくはないけれど。
「見栄を張って杖を持って来なかったんだ。それが裏目に出たかな」
 そんな風に言う。
(見栄・・・って)
 こんなことに張るもんじゃないと思うけど。
 一枚はがれても、やはりわからない人物である。
「さ、行くよ。木崎くん」

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