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5.
 先程の喫茶店から歩いて1分もかからなかった。というか、その喫茶店の5軒隣りにその建物はあった。5階建てで1階は駐車場になっている。白いバンが1台とまっていた。2階にはベランダが見える。
 建物の名前はどこにも書いてない。
 周囲はよくある、『テレビで映っているような都会風景の場所から一歩はいると住宅地』という典型的なところで、近所は似たような4、5階の雑居ビルとアパート、そして店舗経営の個人宅が、広くない道路をはさんで並んでいた。
「ここだよ」
 七瀬司はそう言うと、きびすを返して駐車場の横の階段に足をはこんだ。健太郎は3歩遅れてその後を追う。
 フロアヒンジのドアを開けると。すぐ階段になっている。踊り場を通り2階へと続く。階段を登り切ると、シート床の廊下がまっすぐのびていて、その脇にはいくつかのドア。
 一つ目のドアには『A.co.』と活字で書かれていた。
 それを無視して司は二つ目のドアの前で止まる。
「手前は応接室、こっちが事務所なんだ」
 司の手によって扉は開かれた。
(おおお・・・)
 木崎健太郎の現在の心理状況を文字で表すなら「どきどき」というのが一番妥当と言えよう。これから仲間になるかもしれない連中がこの中にいるのだ。これから平凡でない生活を共に送るかもしれない仲間達が。
(こーいう緊迫感が欲しかったんだよ、オレはぁ)
 その思いをジーンと噛みしめて健太郎は敷居をまたいだ。
 部屋は結構広い。だいたい教室と同じくらいの広さであるが三方に本棚と書類棚、そしてロッカーが置かれている。それらの間には窓と、別の部屋につながるドア、中央にはソファ類があり、その奥にはいかにも一番偉い人間が座るような机が置かれていた。その机の後ろには窓があり、この時間ちょうど西日が入るのでブラインドがかかっていた。三つのドアのうち一つはガラスの引き戸で、その向こうにはベランダが見える。
 そして、この間学校にやってきた背の高い長髪男・関谷篤志と、どう見ても高校生の女が二人、ソファに座っていた。肩までのウエーブの髪でセーラー服の美人。そしておだんご頭で屈託のない笑顔でチャイナ風の服を着た少女。
(本当に若い奴らばかりだ)
 聞いてはいたが健太郎が驚くのも当然だ。一番の年長者と思われる関谷篤志でさえ、二十そこそこだろう。
「どうぞ、入って」
 七瀬司はサングラスをはずすと隅の棚に置き、奥へと進んだ。その足取りは視力の悪さを感じさせないほど滑らかなものだった。
「三佳はまだ?」
 司が一同に尋ねる。答えたのは篤志だった。
「戻ってない。昨日仕事が入ってたから、たぶん買い物だろう」
「史緒さんもまだでーす」
 おだんご頭が手を挙げて言う。
「まったく、人を呼びだしておいて遅刻するなんて非常識よ」
 吐き出すように棘つきの声で悪態ついたのはセーラー服女子高生。
 そのきつい言動に健太郎は少なからず驚いて、
(いいのは顔だけか・・・)
 と心の中で舌打ちしていた。すると。
 突然、キッと女に睨まれた。
(え・・・?)
 何もしてないのに・・・と健太郎は焦って一歩退いた。先程の舌打ちが表情に出たのかとも思ったがそれも違う。セーラー服女子高生はこちらを見ていなかったはずだ。
 あたふたしている健太郎の態度を見やると、ふん、と聞こえそうな態度で女は視線をもとに戻した。
(何だったんだ・・・。・・・変な奴)
 しかし健太郎はまだ詳しく知らされていないが、この連中が何らかの事業───経営を行っているのだ。
そう思うとただ者ではない気配を感じずにはいられない。
(世の中知ってる世界だけじゃないわけか)
 改めてこの雰囲気を感じると、勧められた席に健太郎は座った。とりあえず周りの人間を観察することにする。
「どうする? メンバー紹介でもしようか?」
 することもないので司が提案した。
「それは史緒が来てからにしましょう・・・それより司、何分だった?」
「15分」
「一番近かったのは蘭だな」
「らっきー、倍率きっかり3倍で千二百円」
「ちょっと、まさかグラサン外さないで来たんじゃないでしょうねぇ、それだったら無効よ」
「違うよ、要因はマスターとの会話」
「もお、マスターのばかー」
(ちょっと待てっ!)
 これまでの一連の会話の中でひっかかるものを感じなければ、少し鈍いと判断されてもおかしくない。かちんときた健太郎は低い声で会話を中断させた。
「・・・つまり、なんだな。オレ、賭けに利用されたわけか」
「そう」
 さっきの睨みからその態度を継続してか、セーラー服は嫌みを効かせてひとこと簡潔に言った。
(この女・・・っ)
「もぉ、祥子さんっ」
 二人の間の険悪な雰囲気をたしなめるように、おだんご頭が口を挟んだ。次にフォローを健太郎に向けて返す。
「利用するなんて人聞きの悪い・・・。えーと何て言うか・・・。ね? 司さん」
「まぁ、いわゆるテストだったわけ」
 司は苦笑しながらそう言った。テスト、という単語もあまり人聞きの言い言葉とは言えないと思うのだが。
 その言葉を引き継いで今度は篤志が口を開く。
「つまり司の目のことに気づくまでの時間も、『A.co.』に入れるだけの人物かどうかを見る試験の点数というわけだ」
 利用していたわけでなく試していた、と言うのだ。健太郎はそれでも釈然としないものを感じるが、とりあえずそれ以上は突っ込まないでおく。
 ついでにその試験とやらを利用して、四人が賭けを行っていたことは全員否定しなかった。
(・・・いい性格の人たちみたい・・・だな)
 顔を歪ませて乾いた笑い声をたてた。
 その時、奥の机の上の電話が鳴った。
 当然のように篤志が立ち上がり、コール3回で受話器をとる。
「はい『A.co.』」
『私だ。木崎健太郎が来ているか聞けと史緒が言ってる』
 偉そうな口調とは裏腹に妙に高い少女の声が聞こえてくる。名乗らなくても篤志には相手が誰だか分かっていた。
「来てるよ。さっき司が連れてきた」
『史緒と途中で合流して今タクシーの中にいる。そこまで5分かからないと思うからもう少し待っていてくれ』
「わかった、じゃあ」
 そこで会話は途切れた。受話器を置いて向き直る。
「三佳から。あと5分くらいだそうだ」
「史緒は?」
「一緒らしい」
 それらの会話を聞いても木崎健太郎は何も聞かされていないので、半分も理解できるものではない。それでもここのメンバーからなのだということはわかった。
 健太郎はこの部屋に入ってから与えられた情報を自分なりにまとめてみたりする。これは日頃健太郎が行っているデータベースやコンピュータ言語などから、理論的に考える癖がついているためだ。
 どうやら全メンバーの数は6人になるらしい。関谷篤志、七瀬司、そして祥子と呼ばれたセーラー服の性格が悪そうな美人と、どうやらそのフォロー役らしいおだんご頭。それから先程の電話をかけてきた三佳という人物と、それと一緒にいるらしい史緒。
(話の前後関係から、ここの一番の権力者はどうやらシオと呼ばれる人物。そのシオをあまりよく思っていないらしいショウコ。・・・・・そんなところか)
 自分が知らされている状況からここまで分かれば上出来だろう、と自画自賛して、健太郎はそこで考えるのをやめた。しかし。
(・・・・あれ?) 
 何かひっかかる。
(何だ?)
 先程の電話の件で、微かに聞き覚えのある単語があった・・・・気がする。
 すぐそこまできているのに思い出せないもどかしさが健太郎を支配する。記憶力に自信があるわけでもないけど、絶対、知っている単語があったはずだ。

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