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結局、その単語を思い出せないまま時間は経過した。
そして電話があってから3分後、七瀬司が口を開いた。
「来たよ」
それは本当に突然で前触れのないものだった。篤志はその言葉を聞いて腰を上げる。
「意外と早かったな」
「遅い、っていうんじゃないの? この場合」
すかさず祥子が皮肉を返す。
健太郎は残りの二人が来たのだと察し、ドアのほうに目をやったが、それとは裏腹に篤志は奥の窓の方へ向かい、道路を見下ろす。
「今タクシーが止まった。・・・三佳が走ってくる」
篤志の実況中継に健太郎は目を丸くした。
(あ、そーいうことか・・・っ)
七瀬司が「聞いた」のは、窓の外の数十メートル近く離れた場所を走るタクシーの音。
てっきり足音でも聞こえたのかと思いドアのほうを見たのは健太郎だけだった。ほかのメンバーたちは司の感覚を知っていたから当然のように篤志の言葉を聞いた。
(恐ろしく耳がいい、ってわけだな)
確かに、目が不自由な人は、それを補うように耳がよくなるという。
その通説をふまえても、七瀬司の聴覚の良さは少々異常ではないだろうか。
「どっちが先に入ってくるか賭けようか?」
「あはは、絶対三佳さんだ」
「蘭の言うとおり、賭にならないでしょう。それは」
実際やってらんないわよねー、と祥子が深々と溜め息をつく。
「・・・?」
祥子の言葉の意味がわからないまま、次に健太郎はドアからの軽い足音を聞いた。
ばたん、と勢いよくドアが開かれた。
「司っ」
と、小さい人影は入ってくるなり名指しで司のもとへと駆け寄った。
(え・・・?)
健太郎は目を丸くする。それは入ってきた少女が想像以上に若かったからだ。
(ええ─────っ)
いくらメンバーの平均年齢が低いと言ってもこれはないだろう。
「やあ、三佳。おかえり」
当然のように司は島田三佳を抱き上げた。そう、決して大柄とは言えない司が軽々と抱き上げたのは、まだ小学生の女の子だった。
「ただいま」
少女は笑った。
「・・・・毎度これだもん。あの二人」
三高祥子が何度目かの溜め息をつく。なるほど、確かにこれは「やってらんない」状況かもしれない。
あれ?
健太郎はふと、忘れかけていた何かを思い出した。
司に抱きついている少女。・・・見覚えがあるかもしれない。
(名前は確か「みか」・・・)
聞き覚えがあるかもしれない。
生意気そうな顔。さきほどの声。今、司と話している口調。
数週間前、秋葉原の例の「彼女」と一緒にいたガキ・・・。
(まさか)
健太郎のここでいう「まさか」とは、三佳があの時「彼女」と一緒にいた奴では、という意味ではない。
(まさか・・・っ)
もしかしなくても、もう一人のメンバーである「史緒」とは・・・。
「彼が木崎健太郎だよ」
司がその腕から三佳を下ろして告げる。
床に立つ三佳。健太郎はその姿を見下ろして表情をぎこちなく歪ませた。
・・・・やっぱりあの時のガキだ。
「あれ、こいつは…」
前髪をかき上げて健太郎の顔を見る。どうやら三佳のほうも記憶に残っていたらしい。
「ああ」
ぽん、と手を叩く。そして健太郎を指さして。
「史緒をナンパしてた奴」
沈黙。
「ええ─────っ!!」
この部屋にいた、三佳本人と司以外の人間が同時に叫んだ。
「はじめて聞きましたー、史緒さんの色モノ話ー」
「あんたっ、シュミ悪いわよ。絶対っ」
「・・・怖いモノ知らず、って気もするな」
蘭、祥子、篤志の順にそれぞれ思うところが違うものの、皆驚きを隠せない。
「ちっ・・・違うっ。あれはナンパなんかじゃ・・・っ」
「じゃあ何だ?」
あの時と同じ、三佳の質問。不覚にも健太郎は言葉に詰まってしまった。
「・・・おまえ、そうとう性格悪いな」
「今に始まったことじゃない」
腕を組み平然と、三佳は答える。この部屋に入ってきて、司に見せた笑顔はどこへやったのだろう。
(このガキ・・・っ)
小学生の子供が自分より格が上、とは絶対に認めない。
健太郎はそう思っていても、小学生とまともに張り合っている自分を自覚できなかった。
そしてもう一度、ドアが音をたてて開いた。
「大声だして何があったの?下まで聞こえたけど・・・」
今度は健太郎と同年輩の女が入室した。
健太郎が想像したとおりの人物だった。
「史緒、こいつが木崎健太郎だってさ」
「三佳? 呼び付けは失礼だっていつも・・・─── 」
史緒の声はそこで途切れた。見慣れてない木崎健太郎の顔を凝視する。
(やっぱり・・・こういう展開?)
健太郎は、目の前の「彼女」の視線に居心地の悪い空気を覚えながらも、これからの生活が充実したものになることを予感した。
「あなたが・・・・木崎くん?」
半ば絶句したように、ここの所長である阿達史緒は呟いた。
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