キ/GM/01-10/02
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「A.co.所長の阿達史緒です。おおまかな事は篤志に聞いたと思うけど、いうなればうちは『何でも屋』。興信所のような身元調査や家出捜査もするし。うちは変わった特技を持ってる人間が多いから、たまに護衛とか取引立ち合いも引き受けたりしてるの。あとは状況によってさまざま。もちろん、知名度のないウチに直接依頼にくる人は少ないわ。・・・親会社、というか、仕事をくれる会社があるのよ。いわば、うちは下請け。向こうは仕事は受けるけど、それを処理するような組織じゃないから・・・窓口のような役割をしてくれているわけ」
懇親丁寧な説明を健太郎は聞いた。
いくつか挙げられた仕事内容は、よく分からないものも混じっていたが、組織関係は納得できる。
阿達史緒は事実、A.co.に木崎健太郎をスカウトしているのだ。
「ところで、どうしてオレを?」
もっともな質問だった。史緒はくす、と笑って答える。
「あなた、ハッカーなんでしょ?」
「ぎく」
健太郎は一歩退いた。こんな所でその事が指摘されるとは思ってもみなかった。
(そういえば、あの時の侵入先って・・・)
「そう。もう一月ほど前かしら。あなたが学校のパソコンでTIA本部のネットに侵入したのは」
「TIA・・・?」
「この業界の協同組合の名前。あなたのことは既に有名よ。まぁ元々とある筋のパソコン仲間の間では有名な存在らしいけど」
手元の資料をめくりながら史緒はペンを走らせる。
「いやそれほどでも」
「ほめてないわよ」
にっこり笑って突っ込む。その笑顔には年季さえ感じられた。
妙な沈黙が生まれる。何というか、一応ツッコミに思えなくもないが、厳しい指摘を受けたような印象も受けた。
(どういう人なんだ)
どうも健太郎にはうまくつかめない性格の持ち主。
メンバーの一人、祥子はどうやら本気で史緒のことを嫌っているらしい。先程からソファに座ってそっぽを向いている。おだんご頭・蘭はその傍らでにこにこしながら史緒の話を聞いてるし。何やら不思議な間柄の司と三佳は、史緒のことをそれなりに信頼しているようだけど、三佳は以前、史緒のことを「おまえ」呼ばわりしていたし。
(どういう人たちなんだ・・・)
「TIAのほうは、とっくに木崎くんの身元は調べ上げていたのよ。本部の情報を見られて黙っているわけにもいかなかったんだけど・・・。特にそれに伴う被害があったわけでもないし、おまけに相手は高校生だし。組合は大袈裟に騒いで不祥事が表沙汰になるのを恐れていたし。そこで、あなたの始末をどうするか会議まであったんだけど、なかなか決まらなかったの」
「そっ・・・そこまで大事になってたのか・・・?」
「そりゃそうよ。一応、情報業だもの」
ハッカーに侵入されたなんて噂が流れたら信用に傷が付く。できれば内輪で解決したかったのだ。
「そこで、そんなに優秀な人材なら、うちで引き取ろうと考えたわけ」
「は?」
「一応私の、ひいては組合の監督下に入るわけだから、勝手な事はできないし、それにちょうどうちも情報管理できる人材を探していたから一石二鳥。・・・どう? 加わってもらえるかしら」
阿達史緒の目の色が変わった。「所長」を名乗るのは伊達ではないらしい。
健太郎はその視線を受け止めて、しばし考え込んだ。
・・・・もしかして、いいように利用されるのかもしれない。
これは健太郎の杞憂かもしれないが、結論を急ぐのは危険だと考えた。自分のしでかした事件と裏にある組織の大きさを考えれば無理もない。
阿達史緒を相手に本音を探るのは無理だ。何故か健太郎は素直に史緒の格を認めていた。
健太郎をメンバーに入れることで得る利益は?
「一応聞いておきたいんだけど、もしオレが断ったらどうなるわけ?」
「それは構わないけど、組合本部に引き渡すことになるわ」
「それ、脅迫っていうんじゃない?」
明らかに警戒の色を見せた健太郎に史緒は口を閉ざす。
「・・・あのね」
安心させるかのように、史緒はくだけた表情を見せて、はあ、と息をついた。
「勘違いしているようだけど、私たちはあなたの能力を必要としているの。学校生活が大切っていうなら、仕事が入ったときだけここに来てくれるだけでいいし、給与もちゃんと払うわ。ただし、けじめはつけてもらうけどね」
「・・・・」
このときの史緒の言葉を、健太郎は信じたい。信じることにした。
(そうだ・・・)
何かやりたいと思っていたのだ。
高揚感をもってここの扉を開けたことをすっかり忘れていた。
つまらなくなくなる生活。新しく始まる何か。
仲間を得ることを、望んでいたのだ。
「・・・わかった。やるよ」
健太郎は微笑んで史緒に右手を差し出した。
「ありがとう。助かるわ」
史緒はその手を受け取り、握手を交わした。
───── 木崎健太郎。A.co.に加入。
「結果は、加わるだな。断るに賭けたのは?」
「私よっ。・・・史緒があそこまで説得するとは思わなかったわ」
「祥子は私情をはさみすぎるんだよ」
「あ、でも史緒さんがケンさんのタイプの人だった、っていうのは意外でしたね」
「史緒の好みではなさそうだがな」
「三佳・・・おまえなぁ」
史緒と健太郎以外のメンバーが輪になって掛け金の清算をしているのを、二人は傍らで見ていた。賭けに参加していないはずの三佳も、輪に加わって茶々を挟んでいる。
健太郎の肩が小刻みに震えているのを見て、史緒は苦笑する。
「ああいう人たちなのよ」
「・・・あ、そう」
(考え直したほうがいいかもしれない・・・)
end
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キ/GM/01-10/02