キ/GM/01-10/04
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二人の少年は同じ顔をしていた。
同じアジア系の顔と色、しかし微妙に外国人と分かる二人は、目の前を通り行く人々と景色を眺めていた。
大理石の床の上、通り過ぎる人々の洋装は、ほとんどビジネスか観光目的である。
レベルとしては上の中、そのホテルのロビー。
見上げるほど背の高い人の群れ。聞き慣れない言語。洗練された言動と表情で、せわしく動き回るポーター。背広を着た人間で埋まる電話ボックス、着飾った女性とその子供。上品な老夫婦。
沢山の人間が集まっている。
その景色の見方。二人の少年は全く異なっていた。
冷笑。同じ服の企業人間、流行に流される女たち。多民族が集まっているにもかかわらず、その群集心理への軽蔑。ただ有名な地の、うわべだけを見て回る観光客の無意味な行動。見下すことが趣味なわけではない。彼の目にはそう映るのだ。
微笑。溢れる活気と生活感。知らない言葉で、知らない国の人が意志疎通している風景が楽しい。どこから来て、どこへ行くのか、どんな目的で誰と出会うのか。想像しただけで思わず笑いがこぼれる。基本的に人好きな彼だった。
そして少し前から、通り過ぎる人々が遠慮がちに自分たちに視線を送っていることに、二人とも気づいていた。その理由も十分すぎるほど分かっている。
その視線に、外国人を見る珍しさは三割ほどしか含まれていない。
経済大国ゆえに多数の人種が集まるこの地で、同じ東洋の日本人の少年二人が目立つはずもないだろう。
人々は二人の見分けのつかない顔を見て、はじめて驚くのだ。
「親父はまだ来ないのかな。いい見せモンだよ」
片方の少年・櫻が長い前髪を掻きあげてぼやく。珍しがられるのには慣れているが、海外に来てまでこの調子では、いい加減うんざりもするだろう。
彼が父親のことを親父と呼ぶのは本人がいないときだけである。
「蓮家のおじさんに連絡をつけてくるって言ってたから、すぐ戻ると思うけど」
もう一人の少年・亨が、答える。こちらはあまり待たされているストレスを感じていないようだ。人間観察をすることにあきない性格らしい。
その亨の言葉を聞いて、櫻は吹き出した。
「あれはおじさんを通り越して、すでにじーさんだろ。あれで一番下の子供が四歳だっていうんだから驚くね」
あははは、と大袈裟な笑い声が響く。それは亨の癇に触ったが、口には出さなかった。亨の不機嫌さが伝わってきても、櫻は気にする様子もなく、それに、と言葉を続ける。
「親父のことだ。あわよくば、ぼくら二人のうちどちらかを、蓮家の娘と結婚させたいと思ってるんじゃないか?」
平然と、歳相応ではないことを口にする。
「櫻。そういう言い方はよくないよ」
「あの人はそういう人さ。亨もわかってるだろ?」
「・・・」
櫻の問い掛けは答えを強要するものではなかった。言いたいことだけ言うと、櫻はもう一度人間ウォッチングを始めた。
その隣で、亨は櫻との会話の不快さに、眉をしかめていた。
「あいつも、連れてくればよかったな」
途切れた会話の合間、櫻が第三者の話題を持ち込む。いつもの櫻の、人を小馬鹿にしたような口調ではなく、ふと思いついたことをそのまま口にしたような、おだやかな台詞だった。亨はそのことに驚きながらも、うかがうように相づちを打つ。
「・・・あいつ、って?」
「ぼくたちの妹さ。あまり外に遊びに行く機会がないからな。あれは」
「・・・・」
「何だ?」
隣からの亨の視線に気づき、櫻が振り返る。戸惑いを隠せない表情で、亨が口を開いた。
「・・・いつも泣かせてるのに、どういう風の吹き回し?」
こんな風に気を遣うなんて。
二人には妹がいる。亨にとってはかわいくてしょうがない妹も、櫻にとってはそうじゃないらしい。櫻が妹を泣かせて、亨がそれを庇う、という構図が成り立っていた。櫻のその態度は、愛情の裏返しとは違うように思える。
櫻は口の端を持ち上げ、目を細める。そして意外なほどさらりと、次のように言い放った。
「平和ボケしている奴はいじめたくなるんだよ。亨、お前もな」
「──────」
亨は言葉を失う。目を見開いて櫻の横顔を凝視するが、それはいつも通り、不敵な笑みで遠くを眺めるだけだった。
(・・・・)
いつからか、亨の中で、櫻に対する不審が生まれていた。
二人は現在十一歳である。現在は海を越えた国の星付きホテルにいるが、普段の彼らは小学校に通い、学校では友達と騒いだりもする普通の子供だった。その中で櫻は取り分け目立った存在というわけでもない。しかし時々、はっとするような大人びたことを口にする櫻を、亨は隣で見てきた。
ただの子供の憎まれ口・・・そう受け取っていいのだろうか?
(違う)
亨はそう思う。
頭が良く理性的な櫻は、自分よりずっと多くのことを考えている。何か別のものを眺めている。そんな気がする。
彼はどこか違う。自分とは違う。同じはずもないが、亨はそのことを自分に言い聞かせていた。だから櫻を深く理解しようとしない。同時に、分からせようとしない。これは突放した考え方とは違う。あきらめとも異なる。
櫻は櫻なりの、独自の考え方を確立させているのだ。たとえそれが、多くの人にとって肯定的ではないものだとしても。
───それが、この時点この年齢で、亨が考えられる限界だった。
「あいつには手を出すな」
吐き出すように苦々しく、それだけ、亨は呟いた。妹思いの彼はもしかしたら、この双子の兄から妹を守ろうと、その胸に誓ったかもしれない。
亨の言葉を聞いて櫻は微笑んだ。それは亨には見えない。
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