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 家庭学習期間。それは高校三年生に与えられた、最後の長期休暇のことである。
 その休暇。受験勉強に励むか、はたまた人生最後の長期休暇になるかは、その人の進路によって大きく左右される。さgらに選択肢はもう一つ、受験勉強もなく人生最後の長期休暇でもない場合もある。進学の内定をもらっている、もしくは進学も就職する予定もない者がそれだ。
 ちなみに三高祥子の場合、一番最後の項目があてはまる。
 と、まあそんなことはさておき、突然だが今日は土曜日だ。普段なら休日である。
 そして先に述べた家庭学習期間、それには登校日というものもある。遠回しな言い方だが、長期休暇中の唯一の登校日が、通常休日であるはずの土曜日とブッキングしたのが今日という日だった。
 つまりそういうこと。



 都立佐城高等学校。

「おっと、三高さんだ。バイバーイ」
 はた、と昇降口で靴を持つ三高祥子の手が止まる。
 ホームルームも終わり、帰ろうとしていたところで、後ろから明るい声がかかった。
 少しの時間、本当に自分にかけられた声なのか考えて、かなり遅れて上体を上げる。正直驚いた顔で声の方向を見た。そこにはクラスメイトが一人、笑顔で立っていた。
 返す言葉はかなり遅れたはずなのに、無視されたとも思わないで、そこで待っていてくれた。
「・・・・・・・・・あ、さよなら」
 ようやくそれだけ、ほとんど無意識のうちに呟いた。
 校内で祥子に声をかける者はほとんどいない。それは今までの祥子の態度を考えれば無理もない。
 だから祥子は驚いた。それは当然のことといえる。
 しかしその後、どういうわけか挨拶をしたクラスメイトのほうも、目を丸くしている。
「うわー・・・」
 その呟きにどんな意味が込められているのか見当もつかず、祥子は眉をしかめた。
「え? なに?」
「三高さん、挨拶返してくれたの、初めてじゃない?」
(──────)
 取りようによっては失礼に聞こえなくもないが、声をかけた人物はそう思わせる人柄ではなかった。祥子は出しかけていた靴を下に置く。
「・・・そう?」
「そうだよっ。最近雰囲気変わったなーとは思ってたけどさ。何かあったの?」
(・・・・・・)
 もちろん、クラスメイトは誉めたつもりなのだろうが、祥子は複雑な心境だった。
 本人にも、自分が変わったという自覚はあるのだ。
 阿達史緒たちと出会ってから。
 にもかかわらず、祥子はその性格から、学校での態度を突然変えることなどできないでいた。エサのいらない猫をかぶるしかない。
「じゃあね、三高さん。また卒業式に」
 走り去るクラスメイトに軽く手を振る。心なしか顔も笑っていた。
「・・・」
 昇降口に残された祥子は、その自分の手をじっと見つめる。
 こんな些細な動作さえ、一年前はできないでいた。
 誰とも関わらないようにしていたから。
 どこへ行っても排他的な人間は孤立するだけだ。その意味で、今の自分のほうが人間的に良い方向に向かっているのはわかる。けれど祥子の心の中には、史緒に対する感謝の気持ちは生まれていなかった。それには史緒の祥子への態度に対する反発も含まれているが。
(史緒以外の人達には、感謝してるけどね・・・・・・少しは)
 素直じゃない自分への指摘を打ち消そうとする自分を否定する。乱暴に頭を振って、昇降口を出た。
 この季節にしては、気持ちの良い空が広がっている。足を止め、空を仰ぐ。
 いつからか、ここを出る時に空を見るのは祥子の癖になっていた。だけどここからの景色も、もう見れなくなる。
 少しは、あの夏のことを思い出さなくなるかもしれない。
(・・・卒業、か)
 そういえば、と祥子は足を進めながら思った。。
(そろそろ、一年経つのか。史緒たちと会ってから)

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