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 A.co.は基本的に土日は活動しないので、緊急時以外、仕事は入らないことになっている。故に休日なのだ。ほぼ毎日顔を合わせているメンバー達とも、休日ばかりは見納めである。と、思ったら大間違いである。
 例えば先週の日曜日。
 元来仕事虫な性質なのか、阿達史緒は平日と変わらぬ事務作業を行なっていた。内部での処理はパソコンを使うが、最終的に提出する書類はパソコンからのハードコピーだけでなく、伝票や領収書それに依頼書など証拠書類が添付される。2度手間とも言えるかもしれないが、パソコンのデータを参照しつつ、書類を揃えるしかない。史緒の仕事が多い由縁でもある。
 土日は誰もいないし、集中してできるかな。
 と、史緒のそんな思惑が外れたのは、今回が初めてではなかった。
「・・・・・・」
 どういうわけか、事務所には仕事が無いはずのメンバーが集まっている。
 していることと言ったら、いつもの雑談やカードゲーム、他いろいろ。
 皆いい若者なんだから、休みの日にすることくらいあるだろうに。
 そんな目の前の景色を見て、彼女は大きな溜め息をついた。
 所長である阿達史緒はこう考える。
(要するに、皆、暇を持て余しているわけね)


「それ・・・。ずいぶん情緒の無い意見だと思うよ、僕は」
 ティカップを持ち上げて、半ば呆れながら、御園真琴が呟いた。
「史緒らしいけどな」
 さらに的場文隆も頷いて賛同する。
 心理学をかじったと聞いた覚えがあるが、それは記憶違いではなかろうか。いつもはクールな彼女だが、ときどき妙に間の抜けたことを言う。
 二人から白い目を向けられて、阿達史緒は居心地の悪い空気を味わった。しかしその視線の意味が分からないのでは、対処のしようがない。
「どういう意味よ」
 そう言い返すのがやっとだった。
 三人は、東京都晴海の某ビルにより近い建物の一階で、少し早めの昼食をとっていた。出窓に植木が並んでいる為、店の中は少し薄暗い。レストランとも見えない雰囲気だが、昼時になれば、近隣のビルからやってくるビジネスマンで溢れるのだ。
 外の景色は三色。建物の灰色、街路樹の緑、それに空の蒼。見上げるほどのビルが立ち並ぶ通りで、ここへ来る途中すれ違うのは、背広の上にコートを羽織った人間ばかりだった。しかし昼休み前のこの時間、あまり外を出歩く人はいない。下手すればゴーストタウンのように見えるのではないだろうか。
 そのビジネス街で、三人の若者が昼飯を食べていれば目立つことこの上ない。と、思われるかもしれないが、実際は違った。三人はなかなかうまく、この街に同化していた。
 三人の中で、的場文隆が21歳で最年長。そのせいか彼らが集まった時は、自然と彼を中心に話がすすむ。次に20歳の御園真琴。二人ともスーツを来ていて、その年齢の低さを感じさせなかった。阿達史緒は現在17歳。タートルネックのシャツにブレザー、タイトスカートといういつもの格好だ。そして赤い人工石のイヤリング。幼さは抜けきれないが、その表情には落ち着きが備わっていた。
 月一の会合。
 それは3人が所属している協同組合Tokyo Infomation Managementとは何ら関係を持たない。的場文隆、御園真琴、阿達史緒、そしてもう一人を傘下に持つ桐生院由眞への、早い話が業務報告の日なのだった。
 テーブルの上には付箋をつけた書類が散らばっている。それに、3人は最後のチェックを入れる。協力して片付けた仕事、一部仕事の要請を出した仕事は、お互いのサインが必要だった。一応付け加えておくと、散らばっている書類は、全て当たり障りの無いものだ。不用意に外に出せない資料などは、鍵付きのアタッシュケースの中にある。
「國枝藤子はどうした」
 それからやっぱり、こういう話題になる。
 集まるべき人数が一人足りない。会いたくもないが、文隆が不機嫌な声で言った。そして当然のように、史緒が顔をあげて答える。
「今日は仕事だって。来れないって言ってた」
「はっ。仕事ね」
 失笑と共に文隆は言葉を吐き出した。本当はこのあと罵倒してやりたいのだが、國枝藤子と付き合いのある史緒の前で言うほど無神経ではない。
 史緒のほうは、文隆の気持ちを感じ取り、静かな苦笑を見せるしかなかった。
 二人のやり取りを無表情で眺めていた真琴が呟いた。
「もしかしてあれじゃないかな」
 視線は、壁ぎわの大きな液晶ヴィジョンに向けられている。真琴の言う「あれ」が、そのテレビであることは間違いない。
 TVは昼のバラエティー番組を映していた。今が旬のタレントがマイクを片手にスタジオで喋っているのが見える。
「え? どれ?」
 司会者のジョークに会場がどっと湧いた時のことだった。
 ぽーん、と音が鳴り、画面の上の方に白い文字で「緊急速報」と出た。
 それが消えると、二行ほどにまとめたニュースが同じく白い文字で現れる。
 3人は声もなくそのニュースを読み、その表情を凍らせた。
 誰も何も言わなかった。
 その間も文字の下で、番組はスタジオ内の一般客の笑いと共に、何ら変わりなく続いている。
 「緊急速報・終わり」。その文字を最後に、番組と何の関係も無いニュースは終わった。ほんの少しの沈黙の後、文隆が口を開く。
「・・・史緒。あれか?」
「・・・・・・多分」
 國枝藤子の話題になると、この三人の間の空気は穏やかでなくなる。あの人物に対する見識が違いすぎるからだ。
「いい加減やめろよ。あいつと付き合うのは」
「そういうわけにもいかないわ」
「どうして?」
 史緒は指を組みうつむいて、悲しそうに見えるけど、でも笑って小さく呟いた。
「私は、藤子のこと好きだから」
 文隆と真琴が、藤子のことをよく思ってないことは知っている。だから堂々とは言わない。
 でも、本心だ。
 史緒が黙り込むと二人は何も言えなくなってしまった。
 的場文隆は当の本人にも公言できるほど、國枝藤子に嫌悪感を抱いている。それは彼女の職業のこともあるが、何より文隆からのよくない感情さえネタにして、笑顔で話しかける感性が文隆は嫌いだった。
 御園真琴のほうはもう少しクールで、無関心というか関わりを持ちたくないという気持ちがあった。藤子のことをよく思ってないのは文隆と同じだが、彼女の性格に振り回されたくないので、あまり近づかないようにしている。しかし真琴の性格から、もし藤子と対面したとしても邪険な態度はとらないだろう。
 沈黙の穴を埋めるべく、文隆はわざとらしいほどの溜め息をついて、話題を他へと移した。
「それにしてもアダチの社長は、どう考えてるんだろうな。大事な跡取りがこんな所にいるのに」
 冷やかすような視線を史緒に送る。史緒は苦手なはずの実家の話を持ち出されても、平然とした表情でその視線を受けとめた。文隆に悪意がないことはわかっている。
「それを言うなら、文隆さんのところも同じでしょ」
「うちは話し合ったよ。決着はついてないけど、むこうはもう諦めてる」
「そうなんだ」
「それにアダチは今、上層部の抗争が激しい。そろそろ後継者問題が浮上してくる頃じゃないか?」
 文隆の言葉に史緒は笑った。しかし吐かれた台詞は完全なる皮肉だった。
「内部のことならすぐ納まるわよ。優秀な秘書がついてることだし」
「ああ、一条さんね」
 ふんふんと頷く真琴に、史緒は苦々しく言う。
「それに父さんが口を出さないのは、まだ私たちが手のひらの上にいると思ってるからだわ。本当に必要になった時は容赦なく連れ戻す気でいるのよ」
 必要になった時、というのは、利用される時という意味だ。個人的な感情であるが、どうも史緒には父親を無情な人間としてみる傾向が強い。実際、そう思わせる態度をとるのだから無理もないのかもしれないが、史緒は父親に微かな敵意さえ抱いていた。
 ・・・いや、実際は敵意を持っていたい、嫌いでいたい相手・・・というのが正しい。
「大変だな、一人ってのも」
 文隆の台詞はわかりにくい言葉だったが、相違なく伝わった。
 二人の息をついた同情に、史緒は笑う。
「あら、兄弟がいても長男なら、大変なのは同じだわ」
 思わぬ逆襲を受け、文隆と真琴は目を合わせて苦笑した。

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