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「はじめは一条さんと会う何年か前。明るい笑顔の女の子。一緒にいると本当に楽しくて、あの時は好きな人も同じで・・・。おかしいでしょう? まだ幼いのに二人とも、そんな話題で盛り上がったりしてた。まぁ、私にとっては恋にはならない相手だったけど」
「好きな人?」
 純粋な好奇心から一条は聞き返した。
「あなたの知らない人よ」
 史緒は苦笑して続ける。
「次に会ったのは、一条さんが連れて来た、目に包帯を巻いた一つ年上の男の子。丁度その頃は私も暗い奴だったけど、もっと無愛想な子だった。それから存在さえ知らなかった再従兄弟。家を出た後、仕事中に知り合った大人びた口をきく少女。街で偶然知り合った女子高生。うちの組合を騒がせたのに本人には全く自覚がないハッカー」
 史緒は敢えて固有氏名を出さなかったが、一条には全員の名前と顔と、そして史緒の紹介文句の人間が一致していた。面識が無い人物も2人ほどいたが、それでも書類上のデータは揃っている。
「そして、史緒さんを含めた7人、ですね」
「・・・・・・」
 史緒は気づかれないようにそっと一条の横顔を見た。
 一条和成。彼も、史緒の理解者ではあるのだ。昔は、彼とはうまくやっていると思っていた。良い友人だとも思ったことがある。ただそれは、彼が父親の秘書として就職するまでの話だ。
 立場が違うだけ。意見が異なるだけ。結局は阿達政徳もこの部類に入る。
嫌いでありたい人間のなんと多いことだろう。
 第一京浜を走る車の、外の景色が見慣れたものになってきていた。日は傾き始めていた。
「司さんと篤志くんはお元気ですか」
「それはこの間の電話で言ったわ」
 事務的な口調が癇に触ってついムキになって答えた。このあたり、まだ子供なんだと思う。
「・・・そうでしたね。・・・・史緒さん」
「なに?」
「先程の、蘭さんと同じ人を好きだったという、その好きな人というのは」
「ずいぶん拘るんですね」
 軽く声をたてて笑う。
 一条はそこで間をあけた。言うべきかどうか迷った。息を吸う。
「阿達、亨、ですか」
「・・・っ!!」
 史緒はあきらかに表情を変えた。悲鳴に近い声が聞こえたような気がした。
けどそれも一瞬のことで、史緒はすぐに言葉を返した。
「驚いた・・・。意外と何でも知ってるのね」
 その声には笑みさえ含まれていた。少しだけ、語尾が震えていたが。
「誰に聞いたの? 父さんは言わないと思うけど」
「・・・咲子さんです」
「・・・それも・・・、懐かしい名前ね。じゃあ、ずっと前から知ってたんだ」
一条は静かに肯定した。頷いた横顔に視線が突き刺さる。反応を返さずにいると、史緒は目を落とし、息をついて、シートにもたれかかった。
 今の史緒に仲間が増えたのはいいことだと思う。守るものが多いというのも、別に悪いことではない。
だけど。
「あなたはもっと、弱いところを見せてもいいと思いますよ」
「・・・それを言う為に、二人の名前を出したの?」
「・・・・・・」
苛つきの為か、声が厳しくなる。
「次は許さない」
 一条和成はそれっきり、返答しなかった。




 日はもう落ちて、離れていく一条の車はテールランプが灯っていた。それが見えなくなってから、史緒は一度外したイヤリングを、両耳に付け直した。
 真っ黒い空を仰ぐと、ライティングされている東京タワーが見えた。奇麗と思うか、悪趣味だと思うかは人それぞれだろうけど、史緒には奇麗だと思えた。だけどその光が、何故感傷を誘うのかはわからない。奇麗だとは思う。けど感傷というセンチメンタリズムを、史緒は嫌っていた。
 それは夜景とか光とか、そういうもののせいではなく、単に自分の弱さだということも、知っているけれど。
 事務所はもうすぐそこで、2階の明かりが見える。突然、その部屋の窓が開いた。
「史緒さーん、おかえりなさーい」
 川口蘭が顔を出す。続いて、三高祥子と木崎健太郎も身を乗り出してきた。
なんとなく、ほっとした。それを自覚した。
 2階に届く程度の声量でただいま、と言うと、返ってきたのは祥子の問い詰めだった。
「史緒っ! 史緒の好きな人って誰!?」
「・・・・・・は?」
 史緒は慌てたりしなかった。素直に呆れただけだ。
「別の意味で、すっごく興味あるわっ」
「蘭が言ってたんだよ、史緒には好きな人がいるって」
 健太郎も、窓枠に肘をついて面白そうに見下ろしている。
 蘭は2人の後ろで、申し分けなさそうに肩身を狭くしていた。自分が思わず吐いてしまった言葉で、史緒が尋問されていることに恐縮しているのだろう。・・・・・が。
 史緒は眉を寄せて首を傾げた。呟く。
「え・・・・・? 誰なの?」
 奇妙な沈黙が生まれる。
「え」
 1番に反応したのは蘭だった。その声には期待が裏切られたことと、反論したい気持ちと、そして(まずい・・・)という予感が含まれていた。
 数秒後、祥子と健太郎は同時に振り返った。勿論、期待外れなゴシップに今日一日騒がされたことへの怒りを湛えた瞳で。
「らーんー」
 祥子と健太郎は壁際に逃げる蘭に詰め寄った。
「え・・・あれ? えーと・・・ですねぇ」
 はははは、とごまかしながら、部屋の中へ救いの手を求めたが、そこにいたのはコーヒーを口に運ぶ島田三佳と、その向かいで微かに笑みを浮かべる七瀬司だけだった。
 2人とも聞こえないふりをしているのは一目瞭然である。


「・・・・・・?」
 外に残された史緒は、何が起こっているのか分からず、とりあえず2階へと続く階段を昇りはじめた。

end

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