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 会議が終わった後の室内はしんと静まり返っていた。
 つい先刻まで、休憩を挟んで2時間弱、37名が質疑応答報告などを繰り返していたときの雰囲気と違うのは当然だった。
 冷えた空気が漂う部屋に人気はなく、いつもより部屋が広く感じられる。70坪ほどの部屋の中心にはあまり機能的とはいえないドーナツ型のテーブル、その外周には白い椅子が37個並べられていた。一面を占める窓にはブラインドが降りていて、昼間だというのに室内は薄暗い。
 今はその中に3人の男が佇んでいた。
 年齢は共に壮年を越えた初老の面々で、60代くらいだろうか。それぞれ名の通ったブランドのスーツを着ていた。
「アレの価値を誰より早く見抜いたのが、あの小娘だったというワケか…」
 3人のうちの1人が、ぼそっと呟いた。
「確かに、事件が起こった直後は排除することばかり考えていたが、吸収するというやり方もあって、それを成功させた見せたわけだな」
「桐生院が紹介してきた若造3人…。邪魔にはならんが目障りではある」
「それにあの小娘の後ろには、國枝藤子がいるしな」
 そんな会話が交わされていた。
 先刻の会議は、上は64歳、下は17歳の老若男女入り混じる面々によって取り行われていた。
 新宿にあるこのビルのこのフロアにはこの会議室の他に4部屋あり、それらを含め、とある協同組合が所有しているものだった。先刻の会議はその協同組合に参加する37のグループの代表者が集まったもので、月に一度、定例会として行われている。それが無事に終わり解散となった今、ここにいる3人は37代表に数えられる人間で、さらに本部役員とも呼ばれていた。



「あの小娘が、とか言われてるんだろうな」
 そしてここにも37代表に数えられる3人が、肩を並べて廊下を歩いていた。阿達史緒(17歳)、御園真琴20歳)、的場文隆(21歳)。言うまでもなく、組合37代表の中では最年少になる。
「いいわよ、言葉通り小娘、本当のことだもの。ご老体たちのヒガミくらい、聞いてあげてもいいわ」
 文隆の言葉に史緒は不敵に笑ってみせた。
 各代表のうち女性はわずか5名、そのうちの一人、そして未成年。阿達史緒の行動はいちいち目立つらしく、さらに最近では二月前に史緒が提案した計画がうまくいっているのを知って、それをよく思わない連中が増えているらしい。とくに年配層に。
「けど、俺も、ここまでうまくいくとは思ってなかった」
 文隆が嘆息した。そして真琴も笑う。
「史緒のことだから単に人助けってことは無いだろうけど? A.CO.が受け入れなかったら、どんな処分になってたか知れないし、彼」
「…真琴くんが言うと、それ、単なる人助けだろう?って聞こえるけど」
「そう言ったつもり」
「…」
 どうもストレートに話が通らない会話に、史緒は黙ってしまった。
「まぁ、真琴のところもあの事件で、手を貸した割に採算合わなかったから文句を言いたくなるのは分かるけど」
「別にあれだけのことで利益を上げようなんて思ってないよ。僕もまりえも納得してる。単に、史緒のところに面白い人材が加わって良かったね、という話」
「伝わってないわよ、全然」
 文隆と史緒は諦めたような笑いをした。
 3人は若くして責任者という立場上、日頃から砕けた喋り方はあまりしない。しかし3人揃っている時はわざとこんな風に会話を楽しんだりする。それは確かに本来の彼らの姿ではなく、無意識の演技であるけれど、気が知れている者どうし、こんな駆け引きも悪くはない。
「あれ? 史緒。帰らないのか? 送っていくけど」
 地下駐車場とは逆の方向へ進む史緒に文隆は尋ねた。この3人の中で運転免許を持っているのは文隆だけだ。
「会議で噂になってたうちの新人をここへ呼んでるの。桟宮さんに挨拶させなきゃ」
「木崎くん? 彼、ここに来てるの?」
「できれば本部には近寄せたくなかったんだけど、ネットワーク関連の業務となると桟宮さんの所に通わせなきゃならないし」
 史緒は苦笑いしながら言った。
 文隆と真琴が健太郎に会っていく、と言うので揃って正面玄関に向かった。
「木崎くんって、元々とある筋では有名人だったらしいじゃないか」
「そう。パソコン通信で全国に知り合いがいるって言ってたけど、どうやらそれも嘘じゃないらしいの。しかもその知り合いっていうのがどれも地元の情報網を握ってるような人たちばっかり」
 溜め息をついて史緒は答えた。
「それはすごいな。仕事でも役立つこと多いだろ?」
「…それはそうなんだけど…。本人が自分の特殊性に自覚がないのよ。それからこの業界に属してるという心持ちも。…いつか何かやらかすんじゃないかと思うと気が気じゃなくて」
 正面玄関の自動ドアを抜けると、そこには所長の心内など全く考えていないであろう木崎健太郎(17歳)が、ガードレールに腰かけて手持ちぶたさで待っていた。
 その姿を目に入れた一瞬、史緒は凍りついた。その理由を、両脇の2人は察した。
 些細なことだけど、普段なら気にもしないけど、…場所が場所だ。TPOという言葉もあるだろう。
 健太郎は史緒に気付き、腰を上げて軽快な足取りで走ってきた。
「おせーよ、史緒」
 確かに、指定した時間より5分ほど遅れた。史緒はそれについて謝ることを忘れた。
「あれ、えーと的場さんに御園さん。こんちは」
 軽く頭を下げる。このあたりはまあ合格とする。
「やぁ」
「こんにちは」
 2人は史緒の心中を察しつつも笑顔で挨拶した。
「……制服で来たの?」
 やっと、史緒は低い声で言うことができた。
 健太郎は詰め襟学生服に白いブルゾン、派手なステッカーが貼ってある学生鞄を脇に抱えていた。
「学校帰りだったから」
「いいけど、目立つわよ」
「なんで?」
「…」
 史緒は額に指を添えて溜め息をついた。

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