キ/GM/11-20/15
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* * *
「どういうことでしょう?」
まりえとしては、ここで史緒と議論するなど本意ではない。しかし場の雰囲気的に、まりえは議長の役を拝しなければならなくなっていたようだ。史緒もそれを察していて、まりえとは目を合わせずに、各代表たちを見渡しながら言った。
「その犯人を、うちにください。所員として、招き入れたいと私は思っています」
史緒の意見に、当然ながら誰もが驚いたようだった。まりえも、真琴や文隆までも。
「史緒…っ?」
「何考えてるんだ」
隣の席から、そんな声が聞こえた。史緒は無視した。
「ちょうど、うちの事務所では情報処理技術者を一人探していました。条件ではこの木崎健太郎が最適な」
「馬鹿かっ? 爆弾を抱え込むようなものだ」
「そんな危険なことできるかっ」
そのような反論によって、史緒の言葉は遮られた。
確かに、ネットワーク犯罪において一番怖いのは内部の人間である。改心を装った悪人に内部情報を明かすのは危険だ。
TIAの中、最年少17歳の史緒は、一同に向かって説得を始めた。
「───ですから、彼が使える人間かどうかは、こちらで判断します。もし使えるようなら、A.CO.が彼をもらいます。私の、ひいてはTIAの監督下に置かれるわけですから勝手なことは二度とさせません。…もし使えないと判断した場合、木崎健太郎は本部に引き渡します。その時は処分するなり好きにしていただいて結構です」
「そんな勝手が許されると思ってるのか?」
木崎健太郎の処分はこちらが決める、とでも言いたいのだろうか。非生産的な決断しか下せないくせに。
「不祥事を表沙汰するより、よほど理想的かと思いますけど。私のほうも人員補充ができて一石二鳥。…もし彼が使えないと判断された場合は、彼の処分について同じことで会議を開かなくてはなりませんが───…まりえさんの言う通り、私は、彼が悪人でないほうに賭けます」
賭ける、という言葉を使ったのは、我ながら自分らしくないと史緒は思う。大体、史緒は賭けなんか嫌いだ。あやふやな情報に自分の財産とプライドをすり減らすことなんてできない。けれどこの場合は、とても的確な言葉ではないかと思われた。
組合役員たちは打算したと思う。今回の事件の責任を、一端でも阿達史緒に押し付けられることと、史緒が下手をすれば、組合にとって生意気な小娘も潰せるという思いもあったことだろう。もしかしたらそちらのほうが一石二鳥だと、役員たちは考えたかもしれない。
それでも、こんな台詞を残したのは思いやりなのか、それとも精一杯の嫌味なのか。
「後悔することになるぞ」
それを聞いて史緒は笑った。
「後悔というような心理的抑圧だけなら、いつしても構いません」
そして言う。
「成功させてみせます」
* * *
1月末。午後1時30分。
「篤志。木崎健太郎も来てるってさ」
パチンと折りたたみの携帯電話を閉じて、島田三佳が言った。史緒は頷いて応えた。
2人はタクシーに乗っていた。史緒は仕事先から帰る途中、秋葉原でアルバイトを終わらせた三佳を拾ったかたちだ。
集合時間は1時だったから、こちらは完全に遅刻だ。祥子あたりはカンカンに怒っているだろう。「自分が呼び出したくせに」とか何とか。
事務所の様子を、史緒は三佳に確認させた。篤志が電話に出たようだ。
全員揃っているという。
そして、木崎健太郎も。
「呼び捨てはやめなさい。失礼よ」
「どうせA.CO.に入る人間なんだろ? さもなくば単なる犯罪者。それこそ呼び捨てで結構だ」
史緒の箴言に三佳は耳も貸さない。史緒は嘆息する。
「祥子が向かえに行ってるはずよね、どうなったかしら」
「祥子に好印象を与えるほうが難しくないか?」
「言えてる」
外の景色が見慣れたものになってきた。第一京浜の街路樹が後ろへと流れていく。大門の交差点が見えてきた。そこを右に曲がると、事務所はすぐそこだ。
「今日の報告書、早めに出してね。もう締めだから」
「了解」
タクシーが事務所の前に止まると、三佳は飛び降りた。
「先、行く」
「はいはい」
三佳は駆け出すように歩道を横切り、事務所へと向かって行く。七瀬司の元へ行くのだろう。いつものことだ。
提示された金額を支払うとき、タクシーの運転手は史緒の顔をじろじろと見ていた。未成年の女2人が「報告書」や「犯罪者」という単語を口にしていることを怪しがったのかもしれない。史緒は運転手の視線を無視して領収書を受け取ると踵を返した。
そんな風に見られるのも、いつものことだ。
既に三佳が消えた入り口へ史緒も歩き出す。不思議と気持ちは急いてない。TIA本部を騒がせた犯罪者とこれから対面するというのに。
(犯罪者…?)
口の端で笑う。史緒はもう、そうは思っていなかった。大体、そうだ、使えるとも限らない人間をここまで連れて来させたりしない。そんな危険な賭けはしない。だから事前に篤志に様子を見に行かせたのだ。
関谷篤志と川口蘭の人を見る目は、自分のそれより余程信頼できる、と史緒は思っている。
木崎健太郎本人を目にして帰ってきた2人───蘭は、いい人ですよ! と自信満々だったし(最も、彼女に言わせれば世界人口の90%は同じ評価になるだろう)、篤志は苦笑してから、悪い人間じゃない頭も良いと報告した。次に史緒は蘭に尋ねた。
「A.CO.に加えるメンバーとして、はどう?」
蘭は少し考えてから、
「面白いと思います」
と答えた。その回答だけで、史緒は充分だった。彼は7人目の仲間となるだろう。
期待しているのだ。仕事や人間関係、その他のことをうまくやっていく為に必要な人材だと。
そして多分、木崎健太郎にはしばらくTIA本部の監視が付くことになる。同じく、犯罪者を受け入れた史緒は、今まで以上に立場が悪くなるかもしれない。
しかし、それはほんの些細なことだ。
自分の目的のために、彼という駒を利用する。
史緒はそれを否定しない。
(木崎健太郎。…一体、どんな人物なんだろう)
A.CO.の事務所は2階にある。階段を上る途中、史緒は事務所から響く叫び声を聞いた。
「…?」
一番響いた声は、多分、蘭だったと思う。それに祥子。何かあったのだろうか。
「はじめて聞きましたー、史緒さんの色モノ話ー」
次に、はしゃいでいる蘭の高い声が聞こえた。
(何の話をしてるの! まったく)
どうやら話のネタにされているらしい。でもその不満は顔には出さない。
史緒はリズムを変えずに足を進める。扉の前まで来るとノブを回す。
全員が待つ部屋へと、扉を開けた。
「大声だして何があったの? 下まで聞こえたけど…」
end
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