/GM/11-20/19
5/5≫

 史緒は腕時計に目を落とす。
(そろそろ30分……か)
 長いとも言えないが、彼らの居る位置と現在の位置間を考えると短いとも言えない。
 史緒は顔を上げた。
「高雄さん。そろそろ戻ります。これ以上は、本気で心配かけるから」
 月曜館とこの場所の距離はさほど離れていない。この時間経ってもここへ来ないということは見当違いな場所へ向かっているのだろう。だけどそれは彼らのせいではない。無駄な心配もかけたくない。
「おやおや。史緒ちゃんは意外とあいつらを過小評価してるんだなぁ」
「え?」
 くすくすと笑う高雄の横顔に見入った。
「そもそもあのヒントは司くんへのものだったんだろう?」
 篤志は気付いてなかったからな、となかなか侮れないことを言う。
「確かにそうですけど。……ヒントと言えるほどのことでもありません」
 あれだけの言葉で分かるほうがおかしい。でも、あの時思い付いたのはあの言葉だけだった。
 分かるはずない。
 司はここまで来れないはずだ。
「最後まで期待できないのも、弱さだ。憶えておくといい」
「…」
「まぁ、見ていなさい───」
 確信の笑みを見せる。
 そしてその時。
 ばんっと、背後のドアが勢いよく開いた。
(───っ!!)
 見開いた目の先で、高雄は目を細めて笑う。
「君の居場所を見つけられないほどの馬鹿じゃないよ、あの2人は」
 史緒は振り返れなかった。
 ただ、誰かがこの場に来たということに驚いて。
 満足そうな高雄の表情から、目を離せなかった。
「お父さんっ!!」
 そんな声が響く。
「よお、馬鹿息子。元気にしてたか? 司くんはどうした」
「後から来ます。それよりっ、…どういうことですか、一体」
 よく知っている声と気配が後ろから近付いてきて、少しの風とともに史緒のすぐ横を追い越した。
 その人影は大またでせっかちに高雄に近寄ると、途切れないくらいの苦情をぶつけている。
 史緒は未だ、一歩も動けなかった。目を丸くして、その場に立ち尽くしていた。
 史緒は微かな期待さえしてなかった。それなのに。
(どうして?)
 そんな言葉ばかりが頭の中を回っている。
 どうして…。
「どういうことって、誘拐だよ、ってさっきも答えたじゃないか」
「暇つぶしに史緒を引っ張り出すのはやめてくださいっ」
「だっておまえは、家に顔出せって言っても聞かないし、つまらないだろ」
「だからって俺らで遊ばないでくださいよ」
 目の前で展開する親子の会話を聞いても、史緒は言葉を挟めずにいる。
 そうこうしているうちに、出入り口からもう一人、七瀬司が現われた。
「お久しぶりです。高雄さん」
 いつもと同じ、のんびりした足取りで近づく。
 史緒はやっと、振りかえることができた。
「司…」
「面白いことやってるね、史緒」
 いつもの笑顔で、笑う。
「どうして分かったの?」
 史緒はやっと、訊くことができた。
「何が?」
「何が…って」
「僕らがたったあれだけのヒントでこの場所に来れたこと? その前に史緒の何気ないヒントに気付いたこと?」
 史緒は言葉を失った。やはり気付いていたのだ。
「…両方よっ」
「この場所に気付いたのは、勿論、史緒からのヒントがあったからだよ。篤志は分からなかったみたいだけど、史緒が電話に代わったとき何て言っていたかを全部教えてもらったんだ。それで分かった」
 いい天気ね。風が強いけど。……すごい音
「───憶えてたの?」
「お互いさま。あの台詞を、この場所で、昔、言ったのは僕のほうだよ」
 2年前。二人が初めてこの場所に立ったときのことだ。
 たったそれだけの、ほんの些細な言葉を、二人とも憶えていた。
「何気ないヒントにどうして気付いたのかっていうのは、もっと簡単。君は天気やそれについて感じたことを口に出す人じゃないからね。言外に伝えたいことがある台詞だと気付くのは難しくなかった」
 自分のことをそのように評されて史緒は笑った。
 確かにそれは、自分のことをよく分かっている人間の言い分だろう。
「……あまり褒められてる気はしないわね」
「褒めてるつもりはないよ」
 絶妙な受け答えで、これにも史緒は笑ってしまった。
 目の前では、高雄と篤志の仲の良い(?)やりとりがまだ続いている。この勢いだと、実際に手が出るところまでいくかもしれない。
 その言い合いの合間に、司はそっと、史緒に囁いた。
「伊達に長く付き合ってるわけじゃないよ。僕も、篤志もね」
「…ありがとう」
 意識せず、史緒は呟いていた。
「お礼、言われるところじゃないと思うけど」
「素直に受け取っておいてよ」
 史緒のふくれた横顔に顔を向けることはしなかったけれど、司は笑って答えた。じゃあ、と息を吸ってから言う。
「どういたしまして」

 青い空が、本当にきれいだった。



 長く、一緒に居られたらいい。
 別れが来るなど、思わずに。


end

5/5≫
/GM/11-20/19