キ/GM/21-30/22
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1999年も早一月と半分が過ぎた。
10年以上前から使われてきた世紀末という言葉も、あと2年の命。そうしたらこの言葉は何の意味もないし、何も遺さない。つまり死語と成り果てる。でもまぁ、10年以上も現役だった流行り言葉なんてそう無いだろうし、貴重な言葉なのかもね。…でも、待って? あと2年経ったら、その時代のことを何て呼び表すのかしら。21世紀とか言うのかな。100年も経てば、22世紀になるというのに。
1999年って言ったら、ノストラダムスの予言なんてのもある。でも知ってた? ノストラダムスの予言で大騒ぎしてるのって、日本くらいなんだって。実際、アメリカじゃ、一部のカルトさんしか知らないしね。そういうものを誇張して考えるっていうのは、日本人には日常に不安を感じているヒトが多いってことかな。それとも、幸でも不幸でも、劇的な時代を生きたいという願望を持つ人が多いのかしら。平和な時代に生きることを退屈に思う人もいるんじゃないかな。ぬるま湯に浸かりきってる自分に、不安を感じてるヒトが、沢山、いるんじゃないかしら。…やだ、これじゃ堂々巡りじゃない。
「あ…。東京タワー」
大塚真奈美は車の後部座席から窓の外を眺めていた。
後ろに流れて行く景色は別に面白くもないが懐かしさはある。懐かしい、日本の風景だ。
窓枠に片肘をついて、とくに感慨もなくぼーっとしていた。軽く吹き出したのは、自然にこぼれた自分の呟きさえ、平和ボケしていることに呆れたからだ。
スーツなんて、本当にたまにしか着ない。大体何で、こんな機能的でないものを、大概の社会人は毎日着ているのだろう? それとも機能的だと思ってないのは自分だけか?
それでもスカートがタイトミニなのは、自分の信条。茶色がかったウェーブパーマと、鮮やかなオレンジ色のマニキュアと、合わせてオレンジベースのメイクも同上。今日のクリーム色のスーツは安っぽくてあまり好きじゃないけど、この靴に合うスーツが他に無いので、不本意だけど許してる。妥協は好きじゃないのよ、本当は。
「ここは浜松町ですからね。すぐ近くですよ」
先程の真奈美の呟きを耳にしていたのか、この車の運転手をつとめる吉川は、前を見ながら声をかけてきた。車は丁度、信号で止まったところだった。
「日本に帰ってきたな、って気がするわぁー」
「後で行ってみますか? こちらには数日滞在予定なんでしょ?」
デートの誘いかしら? と、思うほど真奈美もおめでたくはない。
この吉川という男、年齢は25歳というが、なかなか苛めやすい性格だということを、真奈美は見抜いていた。初対面は1時間程前だが、会話のなかで色々突ついてみて、その反応がいちいちその傾向を表していた。嫌いじゃないタイプだ。
真奈美は今年23歳になる。外見だけならもっと若く見えることに自信はあるが、今日はスーツなのでイイトコ職探しの大学生だろう。
その、小娘の私に、年上の男が車で迎えに来てさ、アゴで使ってるなんて、いい身分だよねぇ?
自慢気に言いながらも失笑してしまう。…この感情の名前も知ってる。テキストに載ってたもの。
「───今、行きたいなぁ」
突然、真奈美はわざと大きな声で言った。窓の外を見ながら。
この姿を、吉川がミラーで見たのが分かった。
「…は?」
と、ハンドル操作を忘れずも、歪んだ声を返してくれた。型通りの反応は嬉しいものだ。
真奈美は運転席の背もたれに手を回して甘えた声を出した。
「い、ま。───ね? 吉川くん」
「だっ、だめですよっ。これから講演会があるでしょう?」
「ちょっとくらい遅れたっていいじゃない」
「だめですっ、僕が叱られますっ、教授たちに念押されてるんですからっ」
真奈美が日本にいる間のマネージャー、という彼の立場を分かっているつもりでも、真奈美はむっとした。
いつも以上に残酷な真奈美さんが胸に降り立つのを感じる。
「───ああ、そぉ」
低い声でそう呟いて、真奈美は今度は吉川の首を締めるように腕を回した。
「車止めないとキスするわよ」
即座に車は急停止した。
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