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「結果は、史緒が謝る。…意外な結果だけど大穴ってわけじゃないんだよな」
健太郎が手帳をめくりながら唸った。
「おまえは負けたんだから、大穴も何も関係ないだろ」
「三佳だって、今回は負けだろーがっ」
険悪になるのは、今回の賭けにおいてこの2人が「負け組」だからだ。
一方、篤志と司は適度な配当で利益を上げている。蘭は今回の賭けには参加しなかったので欄外。
「今回の騒動はあたしにも責任があります。とても参加なんてできません」
との言。
そして今回の賭けのネタは「祥子が辞めるかどうか」では無かった。「どちらが折れるか」だった。──祥子がA.CO.を辞めるという結末は有り得ない、と、全員が一致したのだ。
「…ちょっと待ちなさい、アンタ達」
一連の会話を聞いて、祥子は低い声を出した。
「いい加減、慣れたら?」
こういう連中だってことは知ってるでしょ? と史緒が後ろから言う。
「賭けのネタにされたこと怒ってるんじゃないわよ! ───健太郎っ!」
「はい…ッ」
突然の名指しにびっくりして、そんな返事をしてしまう。振り返ると祥子が恐ろしい形相で睨んでいた。
「あんたは、私が謝るほうに賭けたのよね」
「…あぁ」
健太郎は祥子の言いたいことを悟り、弱気になって学生鞄で顔を隠した。
「先週、学校へ来て色々言って行ったけど、それは私が謝るように働きかける為だったんでしょ」
「いや、あれは本気本気、…えと、そりゃ少しはそういう意味もあったけど…」
語尾が小さくなる。
「三佳! あんたもよ」
ぎくっ、と三佳の表情が揺れる。
「え? 三佳、何かしたの?」
と司が尋ねるが、三佳は「何でもない」と突っぱねた。
あの、4階迷い込み事件は、後々考えると都合が良すぎる。史緒のスケジュールを先読みして、三佳が企てたに違いない。(まぁ、実際、それが祥子を考え直させる効果となったのだが)
勿論、その内容を口にすることなどしないが、三佳に文句くらい言わせてもらおう。
「───篤志と司は、私が折れるほうに賭けたわけね?」
と、史緒が2人に訊いた。背後では祥子が、健太郎と三佳に何やら喚いていて、蘭がそれを落ち着かせている。
「うん。今回は、付き合いの長さが結果に出たね」
「おまえが選んだ駒を簡単に捨てるわけ無いしな」
と、司と篤志は当然のように言う。きっと、賭けるときも悩まなかったに違いない。
健太郎と三佳には気の毒だが、篤志と司の言う通りだ。
史緒自身、今回の自分の行動について予測できなかったのだから。
「もぉ、それにしても史緒さんのこと嫌い、なんて言うの、祥子さんくらいですよねっ」
と、蘭が怒っているのか面白がっているのか判断できない勢いで言った。祥子は気まずそうに視線を逸らし、健太郎と篤志は声を立てて笑って、三佳は肩をすくめた。
史緒はにっこり笑って、蘭の言葉を否定した。
「あら、祥子だけって、わけじゃないのよ」
え、と蘭が大袈裟に驚く。
「他にもいるんですかっ?」
「ええ。目の前で断言されたわ」
大昔のことだけど、という史緒の付け足しを蘭は聞いていなかった。
「どこの誰ですかっ? あたし、お会いしたいです!」
と、怒りを込めて言う。一方、健太郎は史緒の付け足しをしっかり聞いていたようで、
「大昔の悪口覚えてる…って、執念だな、それ」
と、冷やかすように言う。
「私も気をつけよ」
と、三佳。
史緒はそれぞれの反応を面白がっていた。
*
「ごめん、やっぱり先行ってて」
と、本日の主役である祥子が言い出した。
「どした?」
「ちょっと寄りたい所があって」
「どこですかぁ?」
「報告がてら、…母の病院」
「あっ、あたしもご一緒したいです! 祥子さんのお母様にお会いしたーい!」
「それなら俺もー。どんな人か見たい」
「じゃあ、揃って行くか? 今まで挨拶もしてなかったし」
「そうだね。三佳は?」
「異論は無い」
祥子が、「え、ちょっと」と言っている間に話は決まり、結局、全員で祥子の母親のお見舞いに出かけることになった。
「史緒は?」
と、振られて史緒は首を傾げた。
「…大勢で行ったら迷惑じゃない? 病院だし」
「だいじょーぶですよー。静かにしまーす」
と、一番はしゃぎ出しそうな蘭が言う。
結局、史緒は呆れたように溜め息をついて、一番後ろから、皆の後をついて行った。
空は青く晴れていた。
こんな大勢で押しかけたら三高和子は驚くだろうか。それとも喜ぶだろうか。
きっと両方だ。
その反応を予測し、史緒は口端で笑う。
(…ああ、それに)
こんな風に7人揃って外を歩くなんて初めてかもしれない。
それが何故か楽しくて、史緒はひとり笑いながら、6人全員の背中を見て、その後を追った。
七瀬司はつないでいる三佳の手を軽く引いた。
「なに?」
と低い位置から声が返る。司は少しだけ腰を屈めて、三佳の顔の高さに向かって小さく囁いた。
「ごめん、ちょっと先行ってて」
ああ、と、気を遣ってくれたのか小さく短い返事が返った。そして手をほどく。
三佳の手が消えると、途端に感覚が不安定になった。この慣れない場所で司の頼りは左手の杖だけだ。自然、歩く速度も極端に遅くなる。
しかし司は目当ての人物が自分より後ろを歩いていると知っていた。
追いつくその足音を聴く。
足音が隣りに来たとき、司は呼びかけをした。
「史緒」
すぐに返事があった。
「なに? 手、貸す?」
「いや。肩借りてもいい?」
「どうぞ」
「どうも」
史緒の肩の高さは知ってる。司は遠慮がちに、その肩に手をかけた。
そのまま数歩歩く。史緒が歩く速度を合わせてくれていることがわかった。
そしてまた数歩。
このまま無言なのも気まずいので、司はやはり訊くことにした。
「───覚えてたんだな」
「忘れてると思ってた?」
「できれば早く忘れてくれない?」
「お生憎さま。私、自分に対する悪口陰口は一生忘れない性格だから」
end
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