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 つい先日のこと。三高祥子は高校を卒業して、A.CO.に留まることを決めた。それはA.CO.、延いては阿達史緒の将来性に賭けたということになるのではないか。祥子が自らの人生設計をどう組み立てているかは知らないが、少なくても数年はここで食っていくつもりで、その間はA.Co.の経営が行き詰まることはないと踏んだのだろう。(そこまで考えなかったかもしれないが)
 けど、三佳は違う。きっとこちらの道へ進む。
 そこへ辿り着くための勉強をする大学。また、その大学の入学試験をパスするための勉強も必要だ。
 A.Co.に留まるつもりはないと知られても、史緒は今まで通り三佳を置いてくれるだろうか。
 司とだって、いつまで一緒にいられるかわからない。
 どこで躓くだろう。周囲の同世代の子供達が経験している数多くのことを、三佳はしていない。きっと転ける。どこかで。必ず。
 焦りを感じることは、ある。
 そして、突然、何もかも吐き出してしまいたくなる。
 こんな風に育った自分のこと。父のこと。ここへ来る前に居た場所のこと。今まで関わった人達のこと。
 でも。
 よく考えもせず他人に相談して、早急に答えを求めるような人間は嫌いだし、自分はそう在りたくないと思う。
 自分のことを打ち明けたとき、容易に肯定されるのも恐い。自分でさえ結論付けていないものを、簡単に答えないで欲しい。庇わないで欲しい。同情しないで欲しい。弱さを肯定しないで欲しい。それは絶対、自分を堕落させる。
 こんな風に思っているから、他人に何かを告白するのは、いつもとても難しい。
「三佳、今、欲しいものある?」
 と、司が尋ねてきた。
「欲しいもの?」
「そう」
 しばし悩む三佳。
「乾燥機」と、真剣な声で答えた。「これから梅雨になると、洗濯物を外に干せなくなるし、室内に干すと余計湿度が上がるし、カビと匂いも気になるし」
 それは最近の三佳の最大の悩みでもある。財布を握っているのは三佳だが、万単位の買い物決定権を持つのは史緒だ。史緒は二つ返事でOKを出すだろうけど、三佳の頭の中ではメリットとデメリットを乗せた秤が微妙な高低差で、なかなか踏み切ることができないでいる。
「…っ」
 それを聞いた司は小さく咳き込んだかと思うと、遠慮無く大笑いした。
「え、なんで」
「だって…」
 真夜中だということに気づいて司は声を抑えたが、込み上げる笑いは止まりそうもなかった。
「来月末、三佳の誕生日じゃない? プレゼント何にしようかと思って訊いたんだけど」
 と、苦しそうに言い終わった後、あはははっと体を折って笑う。三佳はハッとして、
「前言撤回!」
 と、叫んだ。
「司が選んだものがいいっ」
 三佳はかなり真剣にそう言ったのに、司はまだ笑いが収まらず返事ができない様子だ。それが少しだけ、三佳には不満だった。
 とりあえず、乾燥機は保留だ。


*  *  *


 司はベッドの上で壁に背を掛けて座る。顎をあげ、上を向くような姿勢で、昼間読んだ本(点字)や三佳から聞いた話を反芻していた。窓の外から聞こえる音はまだ朝ではないことを表している。見えなくてもわかる。まだ、朝は遠い。
 三佳は司の膝を枕にして眠っている。今度はうなされている様子もなく、穏やかな寝息だった。そっと頭を撫でる。起きる気配はない。司は自分が使っていた毛布を手繰り寄せ、三佳の体にかけた。
 さて、自分はこの体勢からどうやって眠りに入ろうか。真剣に考え始めた。

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