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「ね? こっちへ歩いてみて。大丈夫だから」
 そんな言葉がとても無神経に聞こえる。
 僕は暗い場所にいた。聞こえる音はどれも欲しいものじゃない。
 その声はお父さんお母さんじゃない。
 学校の友達や先生じゃない。近所のおばさんや駄菓子屋のじぃちゃんでもない。
 見たこともない、どんな顔かも知らない他人が暗闇の中からおいでと言う。
 少しの先も見えなくて、足すら見えないこの状況で歩いてみろと言う。
 大丈夫だからと。
 ───馬鹿なんじゃないだろうか。
 と、真剣に思った。
 ここには足場も無いのに。今、立つのは足の裏の面積しか無い、高く高く建つコンクリかもしれないのに。それもすぐに折れてしまうような脆いものかもしれないのに。
 その言葉は一歩を踏み出す勇気さえ与えない。
 一歩先に深い崖は無いとどうして思える? 思えないだろ?
 僕自身が足元を確認できない状況で、他人の言葉に従うなんてできない。
 唆されてると思うのが普通だろ?
 特別、疑り深いわけじゃない。絶対に違う。
 ただ恐い。
 恐い。
「司くん…」
「うるさいッ! そんな言葉、信じられるかっ」
 その声はお父さんお母さんじゃないのに。


 その事故が起きたのは1991年。
 七瀬司は11歳だった。

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