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信頼している人間がいるか、と訊かれたら僕はちょっと悩む。
真っ先に思い浮かんだのは蓮流花だった。みっともないところを見られたり弱さを吐いたりもした。それでも、厳しさと思いやりをくれる人だ。
蓮蘭々(川口蘭)もそう。幼い頃、突然異国に放り出された僕に、彼女の存在がどれだけ支えになったことだろう。ただ、今の僕は、蘭の言葉を信じるだろうけど、彼女に弱いところを見せたりはしない。
関谷篤志。彼の場合はちょっと難しい。出会った最初の頃、僕はとにかく彼に対する猜疑心を棄てることができなかった。その理由を一度蘭にこぼしたことがある。そのとき蘭が言った言葉はこうだ。「篤志さんは決して史緒さんを裏切りません。それだけはわかります」
その阿達史緒。こっちは少し単純。これはかなり昔から気付いていたことだが、彼女は一度心を許した人間を手放すことができない。その執着心は過保護的でさえある。多分、その人間から裏切られるとか想像もしてないだろう…いや、裏切られてもいいと思ってるかもしれない。
決して口にしない本心を言うと、三高祥子と一緒にいるのは苦手だ。勿論、嫌いなわけじゃない。仲間として認めている数少ない人物ではある。でも。───他人の感情を見透かすような能力。どうして史緒は平気なんだろう、祥子の力は彼を思い出さずにいられないのに。
一番付き合いが短い木崎健太郎。やっぱり信頼というのとはかなり違うけど、でもそれに近い感情はある。多分、事務所の人間の中で精神状態が一番安定している。何らかの問題が起きてもその状況を楽しめる強さがある。そういう意味で安心して向き合っていられる人物。
そして。
(島田三佳は…)
* * *
つい先日、司の師である蓮流花が来日した。
いつものように史緒に憎まれ口を叩いて、初対面の三佳に挨拶をして、妹の蘭が片思い中という篤志を値踏みした後、司を外へ連れ出した。
「私はあなたに強くなることばかり教えたけど、たまには弱音も吐きなさい。史緒とか蘭とか、三佳ちゃんとかにね」
そう言って笑った。
「そんなこと言うためだけに日本へ来たんですか」
実際、流花が言う台詞としてはつまらないものだと思った。
「かわいくないわね」
「そうしつけたのは流花さんでしょ」
責任転嫁だと言い返されるかと思いきや、流花は少し黙って、その次にずばりと言った。
「目を、治したいと思う?」
「───」
思いも寄らない質問に虚を突かれた。数えて数秒、声が出なかった。
黙るな、と小突かれると思い咄嗟に構えたが流花の鉄拳は飛んでこない。そんな風に呑気に考えられたのは、流花の発した言葉があまりにも現実離れしていたからだ。
気を悪くはしなかった。でも、もし流花以外の人間に言われたなら、こんな胸が引っかかるような気持ちにはならなかっただろう。
流花が言うのか? それを。
「…怒った?」
「いえ」
「父様が医者を探してるの」
「!」
「欧米を当たってるみたい。あなたに黙ってるのは、余計な期待をさせたくないからよ。だけど、こうして私があなたに話してるのは、父様とは意見が違うからなの」
「どんな風に?」
「私の買い被りであって欲しくないけど、…先の判らない希望に縋って現在を疎かにするあなたじゃないわね。これ、日本語では『捕らぬ狸の皮算用』でいいのかしら?」
「違うと思います。…ちょっと、それ酷くないですか? 僕だって普通の人間なんだから、期待もするしその結果を夢見たりもするよ」司は苦笑した。
「社会は障害者に決して優しくはないけど、不自由を感じないように教えてきたはずよ。見えないことで今の生活に不満があるなら香港に戻りなさい、鍛え直してあげる」
「遠慮します」
「医学の勝利を私は信じてる。───勘違いしないでね。司の目が見えるようになればいいなんて思ってない、それを願い口にしていいのは当人だけだわ。…私は純粋に、医学の進歩を信じて止まないだけ。ヒトは時間と知恵とを引き替えにどんな問題も解決できる生物のはずよ。例え何十年、何百年掛かってもね」
「流花さんのそういうところ、好きですよ」
「あら、ありがと」
「でも流花さんらしくないな。結局、大老とは違う意見って何なんですか」
「…もし医者が見つかって、あなたが光を望んだなら、───長い間、日本を離れることになるわ。多分、何年も」
「───」
「私が言いたいこと、わかるわね? そういうことも含めて、あなたにはよく考える時間が必要だと思ったの。もしこれが余計なお世話だったらごめんなさい。でも、制限時間付きの難問を突きつけられたとき、誤断をして欲しくはないから。…答えを急いたこと、後悔して欲しくないから…私はこうして、数年か数十年か先にあなたに与えられるかもしれない問題を教えてみたのよ」
僕は三佳のこと、好きだよ。
───そんな風に一方的に気持ちを押しつけるのは傲慢なことだとわかっている。けれど。
「同感」
そう言って欲しかったわけじゃないんだ。
誰かに必要とされる気持ちは、いずれ自分の行動を制限する源になる。
自分が相手を強く想っていればいるだけ、尚更。
end
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