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▲Epilogue
 結局、東京駅改札口まで和成に送られて史緒は切符を買った。切符代は半ば強引に和成が出した。
「じゃあ、また。司さんたちによろしく」
「送ってくれてありがとう。さよなら」
 軽く手を振って別れる。和成は少し早足になってオフィスへと戻って行った。雨が降り出すのと梶のカミナリ、どちらかを恐れたのだろう。
 改札を通ろうとしていた史緒は足を止めて、振り返り、もう一度和成の後ろ姿を見送った。
「………」
(───…悔しい)と思いながら、史緒の頬が赤く染まる。
 和成の姿はもう見えなくなった。
 史緒はポケットに忍ばせていたイヤリングを取り出し、両耳に付け直す。たった数時間前までの感触を思い出し安心する。
 史緒はいつも長い髪を下ろしているので他人が気付くことは少ないが、いつもこの赤い石のイヤリングはそこにあった。
 和成に会うときはいつも外していること、悔しいと思いつつまた耳にすること、どうしても手放せない気持ち。
 史緒はそれらの意味を深く考えることができないでいた。


 一年半前の、年の暮れ───12月29日。
 当時、史緒は三高祥子を捜している真っ最中で、御園真琴から引き継いだ数千にのぼる女子高生の資料を不眠不休で調べていた時期のことだ。
 夜遅く、史緒が自室へ戻ると、暗い部屋の奥に赤く点滅する小さな光があった。
(留守電…?)
 珍しいことだ。仕事以外で伝言を残していくような人物に心当たりは無い。
 史緒は電気を付けて、そのままベッドに腰を下ろした。据え置きの電話の点滅するボタンを軽く押す。
「伝言ハ、2、件デス」
 機械的な女声が発せられた。
(2件…?)
 ぷち、と切り替わる音がして、
「くぉら〜! せっかく電話かけたのに留守ってどーゆーことよ〜?」
 突き抜けるような大声が響いた。史緒は一瞬目を見開いて、次に苦笑した。
「ハッピーバースディ! あ〜んど ハッピーニューイヤー! あたし、3日まではカレシのとこだから! ケータイ鳴らすような野暮はやめてね。じゃ、藤子ちゃんでした、ばいばい」
 その勢いある短い伝言に、史緒はとうとう声を立てて笑ってしまった。しかし隣の部屋には島田三佳がいる。史緒は口元を押さえながらも、込み上げてくる笑いを完全に収めることはできなかった。
 ぷち。
「一条です」
(───…!)



 史緒は息を整えることさえ忘れて、駅前のファミレスに入った。この時間、待ち合わせに使えるような店で開いているのはここくらいだから、彼もここなら長居できると思い選んだのだろう。
「11時まで待ってます」
 と、留守電に残されていた。もう11時半を過ぎてる。
 でも彼はいる。史緒は確信していた。
 根拠の無い確信だけで、史緒はここまで走ってきた。気付けば、コートを羽織ってくることさえ失念していた。真冬の深夜だ。凍えるような冷気が史緒の肩を包んだ。
(何やってるんだろ、私)
 史緒は狭い店の中を一瞥すると、ある一点で目を細めた。
(───ほら、いた)

 文庫本に目を落としていた和成はページの照度が落ちたことに気付いて顔を上げた。そこに立つ史緒の姿をみとめると困ったように笑う。
「伝言、最後まで聞きました? 連絡いただければそちらへ行くと言ったのに」
 本を閉じて傍らに置く。突っ立ったままの史緒に椅子を勧めた。
「走ってきたんですか?」
 史緒の呼吸は乱れ肩が上下していた。「え…?」史緒はそのことに今気付いたのか、手を胸にあてて数回呼吸を繰り返した。
「あの…」
「はい?」
「…」
 史緒はやっと和成の前に腰を落ち着けた。
「あの、……ぇ、どうしたの? 今日…」
 未だ状況がよく解ってない史緒は挙動不審気味に和成に尋ねた。
「16歳の誕生日おめでとう」
「───」
 真っ直ぐな視線で笑顔を向けられて、史緒は咄嗟に言葉を返せなかった。
 それから、和成は小さな箱を差し出した。
 中身は赤い石のイヤリング。紫に近い赤で、透き通るようでは無く、吸い込まれるような赤色だった。
「……ぁ、…ありがとうございます」
「どういたしまして」
「でも私、耳を出すような髪型はしないんだけど」
「ええ、存じてます」
 事も無げに言う。「でもたまにはいいでしょう?」
 史緒は思わず笑ってしまった。和成に見られまいと口元を覆うが、胸から込み上げる少しの幸福感を抑えることができなかった。
「…ありがとうございます」
 こうして史緒の耳には赤い石が置かれた。

end

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