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「依頼人の善悪は問わないの。あたしは神じゃないから」
仕事のことを尋ねると藤子はそう答えた。
罪の意識は無いのか。殺される人の家族や友人の気持ちを慮(おもんぱか)ることは無いのか。
「阿達さんは、生きていくうえで邪魔な他人っている?」
そう問われて答えられるはずも無かった。史緒は相槌を打つ気力さえ無い。
けれどあまりにも自然に胸に浮かんだ名前があった。
(櫻)
迷い無く名を挙げた史緒の心中を藤子が知るはずもなく、返事を待たずに続けた。
「例えば、社会的地位を得るために邪魔な人間がいるならちょっと痛めつければいい、そういう仕事する人もいるし。あとは、身近にどうしても合わない人間がいるなら自分が逃げたほうが早いでしょ? あたしの依頼人はそういうのとは違うの」
藤子は涼しい顔で進行方向へ真っ直ぐに目を向けた。
「その人が生きてたら、自分は毎日が辛い。好きとか嫌いとかじゃない、逃げて済む事情じゃない。恨みはあっても、世間の同情は慰めにならない、社会は何もしちゃくれないし、法がその人を庇うことだってある。でもその人には死んでほしい、もしくは自分が死ぬしかない。憎しみを通り越して、その人と同じ空気を吸うことさえ苦痛。───あぁ、勘違いしないでね。あたしはそういう人たちの苦しみを消してあげようなんて慈善的な考えは持っちゃいないの。あたしは、人を殺したいという願望を自覚して決意できる人間を尊敬してるだけ。───あたしの仕事が高価なのは手を汚す代金じゃない。依頼人の決意を計ってるの。財産の多くを失くしてでも生きていて欲しくない人間がいる。それを実現しようとする尊敬すべき人がいる。それが、あたしの依頼人なの」
藤子は振り返る。
「阿達さんはあたしとツルむ必要は無いよ」
けど、由真さんには付いててあげて。
藤子は笑って、史緒の3歩を前を歩いて行った。
あの人がいたら生きられない。
もしくは私が死ぬしかない。
(ああ、その気持ちは知っている)
そんな気持ちを抱えた人が、藤子の下を訪れるのだろうか。
ひとつ間違えば、自分も藤子に殺人を依頼していたのだろうか。
史緒は櫻を想う。最後の日、崖の上で笑う櫻を。
今となっては夢の中の出来事のよう。記憶も曖昧になってる。
でも櫻を殺した。それは自分。忘れちゃいけない。この罪を捨てたいとは思わない。
この罪悪感は、この先歩くのに必要なものだ。
藤子には、この罪悪感が無いのだろうか。
「最初に言っておくが、國枝藤子」
桐生院の部屋で4人が集まり、解散となったとき、的場文隆は苦々しい声で言った。
「なーに?」
「俺は絶対、認めないからな」
「はぁ」
「おまえとは付き合いたくない。顔を合わせるのは桐生院の前だけにしてもらいたいな」
厳しく吐き出す文隆の台詞を、藤子は顔の筋肉一つ動かさないで聞いた。
真琴と史緒の二人は、文隆をなじることも、藤子を庇うこともしなかった。文隆がそう言うだけの事情は知らされていたから。
「別に構わないわ。一緒に仕事することなんて、ありそうにないし」
「あたりまえだっ!」
表情を変えない藤子に憤りを感じて、つい怒鳴ってしまった。しかし文隆は後悔なんてしてない。藤子は「嫌な奴」なのだ。
文隆は二人に向き直って尋ねた。
「史緒たちは?」
「…ま、僕もあまり仲良くしたくないとは思うよ」
真琴が答える。
史緒は少し考えてから、遠慮がちに呟いた。
「私は…違う。いろいろ話してみたい。仕事以外のことも」
この言葉を聞いたとき、滑稽にも他の3人が目を見合わせた。藤子もだ。
史緒は笑っている。
end.
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