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 樹齢1000年を数えるケヤキが切られた日の夜、そこで見たものを、蓮蘭々は生涯口にしなかった。


 雲ひとつ無い暗黒の空に月があった。
 そこに豊かな枝で空を埋めていたケヤキはもう無い。代わりに、空にぽっかりと穴があいて、月があった。

 ただそれだけのことだ。

 天に穴があいていた。
 そこに月が煌々とあった。

 ただそれだけのことなのに。

「───…ぁ」
 声が出ないほど、胸が詰まる。
 大気は冷えて痛いほど張りつめている。土の冷たさが靴を通して伝わってくる。町は深い眠りに就いて、衣擦れの音さえ拒絶した。
 この身体だけが熱い。
 叫んでしまいたい。
 でもこんな小さな口からでは吐き出せないくらい大きな想い。
「………あぁ」
 頭のなかの竹林に、風が通り抜けた。
 風景が広がり澄んでいくのがわかる。
 いくつかの不安が気分を落ち着かせて、それぞれが顔を上げ、風が抜ける方向を向く。すると追い風に背中を押され、足が軽くなり、歩を踏み出すのがわかった。
 指の先までが冴え渡る。
 全身が研ぎ澄まされ、目や耳や肌さえも敏感になっていく。
(───あぁ!)
 この身に受けた衝撃を口にしなかったのは初めてだった。
(あたしは今、ひとつのことを理解した)


 ───生まれ変わるってこういうことなんだ───


 うまく繋げないけど。
 なにも見えてないけど。
 まだ、失くしたわけじゃない。
 ───諦めなくていい。
 泣いてる場合じゃない。悼んでる暇はないの。
 じっとしてないで、歩き出せばいい。この足で捜しに行けばいい。

 新しい風景を、あなたは見せてくれるはず。
 このケヤキのように。



 その人とは、2度、初めて出逢うことになる、と。
 占いのおばあちゃんは言ったんだ。

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