/GM/七日月
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 茶色がかった髪に軽いウェーブパーマ、ひまわりが咲いたキャミソールにタイトスカートの少女。その隣にはグレーのTシャツにジーンズパンツの背の高い青年。一見して恋人同士だと判る2人がいた。
 名前は國枝藤子と北田千晴という。
 藤子はくすくす笑いながら電話を切ると千晴を見上げていった。
「晴ちゃん。ホラ、月がキレイね」
「さぁ」
 無表情で素っ気無い返事だけを返す。
「素直じゃないなー。史緒はきれいだって、言ったよ?」
「いい加減つまらないことで呼び出すのはやめろよ」
「つまらないことじゃないよ」
 まっすぐに見つめる藤子の言葉にも、千晴の表情は筋肉一つ動かなかった。
 あたしね、と藤子は続ける。
「キレイな景色って好きよ。見つけたら誰かに言いたくなる。同じ感動を共有したいから」
 今日、「高いところに行きたい」という理由から、千晴は藤子に呼び出された。1時間ほど眼下の景色を堪能したあと、月が出ていることに気付き今度は史緒に電話したのだ。
「キレイな景色のなかに住む人間も好き」
 千晴の後ろの人通りを一瞥して、藤子は目を細めて笑った。
「嫉妬とか欺瞞とか、憎悪とか愛情とか。そういう醜く汚い綺麗な感情。とても人間らしいと思う。あと我が侭な人も好きかな。意志が無いよりよっぽどマシだから」
「阿達もそういう人間なのか」
 千晴からの問いかけはかなり珍しい。藤子は目を丸くして、次に微笑んだ。
「史緒は我が侭だよ」
「…」
「史緒のことは好き。なんか可愛くって」
 どんなところが? などという気の利いた相槌を千晴がするはずもなく、藤子は勝手に先を続けた。
「自分が周囲の人間を大事にすることで自己満足してる。見返りを求めてない、って言ったら褒めすぎかな。いや、褒めてないけどね。そういう人間は端から見てるとムカつくよ、見返りを求めてないっていうことは、周囲の人間はいなくても構わないってことだもん。…ま、実際、いなくなったら史緒は慌てるだろうけど。でもやっぱり、追いかけたりはしないと思う。───大切にしている人達は沢山いるくせに、自分が大切にされてるなんて考えもしない、感じることもできない。あははは、史緒を好きになる男は大変だー。絶対、口で言わないと解らないもん。口で言っても解らないかもね。つまりは頭でっかちの子供。そういう意味で、可愛い」
 何故か嬉しそうに、藤子はそんな風に史緒を評する。
「晴ちゃんがあたしの知り合いの名前憶えてるなんて、由眞さんの他には史緒くらいだよね」
「おまえが友達だなんて紹介したのは、阿達だけだからな」
「意外? あたしに友達がいること」
「当然だ」
「史緒は友達だよ。あたしのこと、解ろうとしてくれてるもの」
「その割には散々言ってるな」
 藤子は笑った。
「本人の前でも同じこと言ってるの」



「行くぞ」
 前触れもなく、千晴は背を向けて歩き始めた。そんな態度にもさして驚かず、藤子は後を追う。しかし2歩進んだところで、藤子は立ち止まった。
「晴ちゃん」
 先を歩く千晴を呼び止める。
 面倒くさそうに振り返った千晴に。
「キス、したいな」
 首を傾げてそんな風に言う。
 千晴は藤子に近づき、身をかがめて、自分の唇を藤子の唇に落とした。
 3秒後、触れているだけの唇を素っ気無く離して、千晴は変わらぬ表情のまま背を向けて歩き始める。
 そんな態度にも藤子は満足そうに笑った。
 そして駆け足で追いついて、千晴の左腕に自分の腕を通す。はっきりした声で、藤子は言った。
「好きよ。死ぬまでそばにいて」
「ああ」
 5秒で終わる会話をして、2人は出口へ向かった。
 残ったのは、公衆でイチャつく2人を非難するような、幾人かの視線だけだった。



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