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【ひこうき雲】


 − この手紙のこと、思い出したらでいいの。

 − 確かめてきて。 あたしの───…




 ばんっ
「はろーっ!」

 その扉を開けると、2人いる女のうち手前に立つほうは、まるで来るのが判っていたかのようにこちらを向いていた。何故だろう。ノックもしなかったのに。
 わずかに遅れて、奥に座っていたほうもこちらを見る。
 2人とも、突然現れた男に、特別驚いた様子は無かった。でも明かな違いがあって、手前の女は警戒心がそのまま顔に出ているし、奥の女は来客に見せる笑顔の裏でこちらの出方を窺っている様子だ。この時点で、多くの情報を持っているのは手前のほうだろう。
 さておき。
 登場の仕方に問題があったのか微妙な沈黙があった。けれど、扉を開けた男はそんなことを気にする性格ではない。
「フミオ、いる?」
 馴れ馴れしい口調でどちらともなく訊くと、
「…は?」
 女2人は今度は同じ、目を丸くして、これまた同じタイミングで目を合わせた。その視線でいくつかのやりとりがあったようだが、その詳細が解ったらそれは超能力だ。幸いだか災いだか男にそんなものは備わっていなかったのでもちろん解らなかった。別に解る必要もない。
 ややあって、奥に座っていた女が表情を改めてこちらを向いた。
「失礼ですが、あなたは?」
「俺? フミオの友達」
「──」
 奥の女は少し驚いたように目を細め、一方、手前の女は声を荒げた。
「ちょっと、あなた、いい加減に…」
「祥子」
「だって」
「いいのよ」
 おかしな会話だ。いい加減にしろと言われるほどの会話はまだしていないはずだが。
「あ。もしかして、君らのどっちかがフミオ?」
「たぶん、私のことだと思います」
 と、答えたのは奥に座る女だ。
「なにその思いますっていうのは」
「その前に、お名前をお聞きしてもよろしいですか」
「あ、俺? 俺はねー。アザワといいます」
 というと、手前の女は睨みつけてきた。何故、偽名だとバレたのだろう。幸いだか災いだかを持っているんだろうか。
 奥の女は澄ました顔で小さく笑った。
「あら、アナザワ(Another)さんかと思いました」
「イニシャルがAなんだ」
「ミドルネームがN?」
「そうそう」
 テンポの良い笑顔でのやりとりに、手前にいる女は挟まれておもしろく無さそうだ。けど、ターゲットが絞れた今、手前の女の機嫌は男の知るところではない。
「──名乗ったよ?」
「失礼しました。私は阿達史緒といいます」
「シオ? あぁ! シオって読むんだ?」
「ええ。よろしく。初対面だけど、私のお友達さん」
「シオかぁ、あはは、僕たち似てるねぇ。あははは」
 ひとしきり笑った後に、本題を切り出した。本題といっても、今、思いついたのだけど。
「俺とデートしよ」
「私が? あなたと?」
「そう。だめ?」
 さらに口説こうとしたところで、空気の読めない電話が鳴った。

 相手や他人だけでなく、モノや現象にまで空気の読解力を要求する日本人は頭がおかしいのでは無いかと思う。男は生粋の日本人であるが、空気を読むという日本語の意味がまるで理解できない。解るつもりもない。実践する気も努力する気も無かった。
 さておき。
 電話が鳴り響く室内、三つ巴の状態が少しあって、結局、手前の女が受話器に手を伸ばした。
「はい、A.CO.……あ、お世話になっております。──えっと、今は……来客中でして。お急ぎ…えっ?」
 言葉を切って、ちら、とこちらに目を向けた。
「はい、…そうですけど。どうして──えっ、桐生院さん?」
 その名を聞いて、男はにやりと笑った。遠慮無く足を進めて、電話中の女から受話器を奪い取った。
 抗議の声を無視。大きく、息を吸う。
「やーっほーぃ! 由眞さん。どうしたの? 俺のこと恋しくなったぁ?」
『そこでなにしてるのっ? 着いたら連絡しなさいって言ったでしょ!』
「そんな心配しなくても、俺が愛してるのは由眞さんだけさっ」
『いいから、すぐに帰ってきて! 史緒に関わるのはやめなさいっ』
「あ。それって俺のために言ってくれてるの? この史緒って、そんなやばいヒトなの?」
『……っ、もういいわ、史緒に替わって』
「はいはーい」
 男は耳から受話器を離し、史緒と名乗った女に渡す。声が漏れて状況は伝わっているのか、女はそれを受け取った。しかし、女は電話の相手の声を聞くことができなかった。なぜなら、男がごく自然な動作で、机の上の電話のフックを躊躇いなく押したからだ。
 女と目が合うと、男はにっこりと笑う。
「さっきのデートの申し込み、どう?」
「仕事中ですから」
 ぽーん、と、終業を知らせる時報が鳴った。
「終わったね」
「……」
 女は観念したように息を吐き、腰を上げた。男は丁寧な仕草で手を伸ばしエスコートする。
「じゃあ、行こうか」
「そうですね」
「史緒っ、その人は」
「わかってる。大丈夫よ」
 部屋に残った女は男を指して「その人は」なんだと言おうとしたのだろう。そして、男と一緒に部屋を出た女は、男についてなにを「わかってる」というのだろう。
 もちろん、男にはそんなことどうでもよかった。

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