/薬姫/弐
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 矢矧義経の支配力はその下で働く職員全員の臓腑を握っていることと同義だ。私もその奴隷のひとり。ただ、あの子だけがそれを自覚していない。奴隷であることは同じで、ただ自覚してないのだ。
 ここに居続けることが悪いとは言えない。他の職員と同じように、矢矧とともにいるのもひとつの生き方だろう。
 ただ、あの子は世界を知らないから。
 もっと沢山のものを見て、聴いて、体験して。それから、どこで暮らし何がやりたいのかを判断して欲しい。
 私はあの子に世界を見せてあげたいのだ。これはエゴだろうか?
 おそらく私は、あの子を矢矧から逃がすことで、島田芳野博士を助けることができなかった無念を晴らしたいのだ。
 そんな自己満足のために、勝手な使命感を以てこんなものを書こうとしている。決して、あの子のためではなく。

 だから、私はあの子に何も残したくない。記憶にさえ残りたくない。
 この手記も読ませたくない。
 私の願いが叶った暁には、どうか燃やして欲しい。
 その日がくることを祈りつつ、これから手記を書き始めることにする。





薬姫-弐 了
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/薬姫/弐