キ/wam/04
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10.生まれた街へ
G県K駅。
立ち並ぶ建物の風景は結歌が住む街とさほど変わらない。
駅前の広い駐車場にたむろするタクシーと送迎の自動車。カラオケボックス、コンビニとファーストフード、ステーションホテル。通りには所狭しと車が行き交う。そんなところはどこも同じだなぁ・・・と、呆れながら空を仰ぐ。そして絶句した。
突然、自分の体がとても小さくなったような錯覚に陥る。
「・・・・」
都会育ちの者にとって、ごく普通の街中のすぐ奥に山がそびえ立つ景色は、少なからず異様に見えるのではないだろうか。
(なんか・・・すごーい・・・)
初夏の今、色は深蒼、風は青嵐。気温は東京と変わらないのに、どこか清涼を感じる。吸い込まれそうな青い空と山がタッグを組んで、下界を見下ろしているかのようだ。
森々とした木々がここからもはっきりと望める。深い深い藍色。
きっと秋になれば紅葉、冬には雪景色が見られるのだろう。
───そして、ここが生まれた街。
中村結歌は十年ぶりに、その地に立っていた。
自宅の最寄り駅から、乗り換えること3回。所要時間3時間半。腰の痛さは3日は残るものと思われる。もう少し要領良く計画を練れば、もっと早く着いていただろう。そもそも今回は計画と呼べるものは無く、思いつきだけでここまできてしまったのだが。
「・・・さて」
駅前で5分ほど景観を眺めると、結歌は荷物を担ぎ直し歩き始めた。
冷涼を求め駅前のコンビニに入る。図々しくも市内の地図を立ち読み、頭の中に叩き込んだ。これは予定通りの行動である。
昔の記憶、とくに土地勘はほとんど残っていない。茅子に聞いてメモしてきた住所だけが頼りだった。
(これくらいなら、歩いていけるかな)
おおよその位置と時間を確認する。店員に睨まれながらも堂々と店を出た。
自動ドアと共にひらけるのは、見慣れない街の景色。
それでも少しの懐かしさを感じる。昔、3人でここを歩いていたヴィジョンが想像できて、不思議と幸せな気分になって、結歌は横断歩道を渡った。
(とうとう、還ってきたんだ)
「そこ」は、駅からの通りに平行する道を、まっすぐ北に向かった所にある。
街中、そして住宅地を通り過ぎて、丘へと続く一本道を歩いている時のことだった。
「まったく、突然いなくなったと思ったらこんな所にいたのね」
上空から声が聞こえた。突然のことに結歌はひどく驚いたけれど、声をあげなかった。何となく、ある程度予測していたことだった。
「使い」
声の主はすぐにわかった。
使いは腕を組み───もちろん、その片手には錫杖が握られているが───あきれ顔で結歌を見下ろしていた。
「どういう心境の変化? 一度も帰ってきたこと、なかったでしょう?」
「ちょっとね・・・」
結歌はあいまいな表情を返したが、使いは見抜いているようだった。意味深に笑うと、結歌の隣りに降り立つ。
「・・・私も一緒に行っていい? 智幸の所、行くんでしょ」
結歌は、自分の行動を見透かされていることに照れくさくなって笑った。それが返事だった。
目の前を、電車が通り過ぎていった。
本当に、ある線を境にそこは登り坂だった。先程歩いていた道がずっと続いているだけなのだが、突然かなりの傾斜になる。アスファルトの径、両脇は木漏れ日がこぼれる、木々のアーチ。当然、人家は既に眼下だ。明らかに街中とは大気が違う。まだ、車も通れる山の入り口なのに。
(草いきれ、っていうのかな。こーいうの・・・)
むせるような熱気だが清々しい。結歌は急な坂道を一歩一歩登りながら、初めて歩く景色を眺めた。
ふと、ある種の懐かしさを覚える。
(・・・・)
もしかしたら、ここにきたのは初めてじゃないのかもしれない。
懐かしい空気を思い出す、というのは不思議な感覚だ。思い出しきれないもどかしさと、全身を震わせる暖かな動悸。少しの幸福感。
木々のアーチは坂の上まで続いていた。人工の並木ではない、まるで吸い込まれそうな道が空に向かってのびている。結歌は右手で太陽の光を遮って、空に続く坂道を見上げた。
「こだち・・・」
「えっ!?」
結歌の何気ない呟きに、使いは極度の反応を示した。
「木立、っていうの? 昔住んでた家の近くにもこういう通りがあってね、それがすごく、好きだったなぁ、って」
ここにきて次々と昔のことが思い出される。結歌はしみじみと、その景色を思い浮かべて真顔で言った。
「・・・」
「どうしたの?」
ふと、妙な沈黙を作り出した使いのほうを向く。結歌と目が合うと、使いは目を逸らした。
「・・・何、赤くなってんの?」
「なっ・・・何でもないっ!」
と、言いつつ挙動不審な態度はそのままに、使いは結歌をおいて、先を飛んでいった。
「ちょっと! 使いは飛んでるからいいけど、坂道を歩いているこっちの身にもなってよね!」
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