キ/BR/01
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愛知県D市─────。
「はよーっス」
始業5分前。予鈴直後が小林圭のいつもの登校時間だった。眠気が覚めてないのか大きな欠伸を一つ、開けきれない両眼でどうにか自分の席までたどり着く。
「あ、来た来たぁ。小林くーん、おはよー!」
「………っ」
女生徒の甲高い声が耳を直撃し、激しい頭痛に絶える暇も無く、圭は勢いよく立ち上がった。
「うっるせーなっ!
朝からがなりたてるんじゃねーっ」
容赦のない怒声を浴びせたつもりなのに、彼女らは更なる奇声をあげた。
「きゃーっ、相変わらず可愛い声ー」
「…あのなぁ」
実際、小林圭の声は同級生の男子と比べ、異様に高いのだ。中学3年の7月現在も声変わりは未だなく、背丈もこうして並んだ女子よりも低い。容姿も生来女顔なのでクラスの中でも可愛がられてしまう存在だった。
「ねぇねぇ、夏休みの予定決まった?
海でも行こうよ」
「受験生の台詞じゃねーよな、それ」
「何言ってんのっ? 何の為に花の小6時代をふいにしたと思ってるのよっ!
苦労してこの中学に入ったのは3年後───つまり今、公立中の皆様が人生初の受験戦争で苦しんでいる頃、見せ付けるかのように遊ぶ為に決まってるじゃないっ」
「そのとーりっ!
外の友達なんて、今、すごく大変なんだから。補習と塾で遊ぶどころかテレビを見る暇もないって。…あっ、もしかして小林くん、高校は外に出る気だなんて言わないよねっ?」
相変わらずの女子たちの勢いには言葉を失ってしまう。ポーズまで決めて力説する姿に呆気にとられ、突然話を振られても圭はすぐに答えられなかった。
「……あ、いや。エスカレーター乗ってくつもりだけど」
学校法人鈴鹿学園。中学から大学までエスカレーター式の私立学校である。一言でエスカレーターと言っても、高等部に進学する際、外からの入学希望者も居るので定員数の枠から外されない為にはそれ相当の成績をとっていなければならない。しかしやはりそれは、世の中の受験生に比べれば段違いに楽な努力なのだが。
「ねっ?
海行こー」
「パス」
「どーしてよぉ」
「夏休みは駄目。少なくても7月は予定があるんだ」
「じゃ、8月」
「んな残暑が厳しい時期に海なんか行ったら地獄だ」
「なによー、結局駄目なんじゃない」
「…ほら、本鈴鳴ったぜ?」
多分、結局は何かに付き合わされるのだろうけど、圭は意地悪も含めて話を逸らす。
鐘が鳴り止むと同時に、教室のドアが開き、担任教師が入ってきた。がたがたと慌ただしく席に戻る生徒たちで教室内の喧燥が高まった。
「あー、じゃあ、もうカラオケっ!!
これならいいでしょうっ!?」
最後に誰かが言った。
圭は想像してなかった発言に一瞬視線を止めたが、次に嫌みなくらい誇らしげに口の両端をもたげた。
「ばーか。俺の超ハイクオリティな歌声をそんな場所で聞かせられるかよ」
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