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 新潟県E郡─────。

「じゃあ、これ、配達していただけるかしら」
「毎度ありがとうざいまーす。ここに住所とお電話番号、お願いできますか?」
 長壁酒店の店長・長壁佐知子は今年六十歳を迎える。実年齢より十は若く見られる容姿と元気の良さは町内でもちょっと有名だった。
「あ、ねぇ。お宅の旦那さん、ちょっと飲み過ぎじゃない? 気を付けたほうがいいですよー」
「やっぱり? お互い、もう齢だし、体も丈夫とは言えないから、私も気になってたんだけど」
「流石。私が言うまでもないですね。でも本当に、お酒は程々が一番おいしいですよ。旦那さんにも言っておいて」
 豪傑な笑顔を見せて、佐知子はぴっと切った伝票を客に渡した。
「本日、夕方にお届けいたします。ありがとうございましたー」
 深々と頭を下げる佐知子に佐川婦人も軽く会釈を返す。そして店を出ようとした、矢先。
 出ようとした自動ドアの向こう側からぬっと現れた背の高い人物に驚き、佐川婦人は小さい悲鳴をあげた。
「あ、すみません」
 危うくぶつかりそうに鳴り、背の高い男は咄嗟に謝った。
「知己っ! 何、お客さん驚かせてるんだいっ!」
 佐知子の怒鳴り声にも、佐川婦人は驚いた。
「お袋、2丁目配達終わった」
「おう、お疲れさん」
「え…、息子さん、なの?」
 二人の会話に気圧されつつも、佐川婦人は呟いた。
「ええ、そうなんですよ。三十四にもなって、ふらふらしてるバカ息子。配達やらせてるんで、あまり店には居ないんですけど。よろしくお願いしますね」
「稼業の修行中なんです」
「うるさいね。この私がお前ごときに店を譲るつもりだとでも思ってるのかい? それよりとっとと嫁さん見つけてきな、この甲斐性無しっ」
 店長の喧嘩腰の言葉に佐川婦人は本当に驚いて、適当になだめると、足早に店から出ていった。
「ありがとうございましたーっ」
 二人の重なった声が外まで響いていた。
「次、配達どこ?」
「ああ、それより。さっき、お隣のケン坊がお前を呼んでたよ。……ほら、来た」
 再び自動ドアが開き、小さな男の子が半泣きで入ってきた。
「知己兄ちゃーん」
「どうした? 何かあったか?」
 知己はその場に座り込んで、男の子の頭を撫でた。
「おうちのゲーム機が壊れちゃったよー」
 それだけ言うと後は言葉にならず、男の子は大声で泣き始めた。
「おい、泣くなよ。男だろー。俺が直してやるからさ」
「…え。ほんとに?」
「ああ」
「すぐ? ねぇ、すぐ?」
「道具持って、すぐ行くから。自分ん家で待ってろ。わかったか?」
「うん!」
「それと、最近暑いから、外へ出るときは帽子かぶんなきゃだめだ。お母さんも言ってたろ?」
「わかった!」
 男の子は目を腫らしたまま笑って、回れ右をして走り出した。早く来てねー、という言葉が残った。
 知己が立ち上がると一部始終を見ていた佐知子は、
「配達はいいから、とっとと行ってやんな」
 と言った。
「わかってる」
 工具を取りに二階へと向かう知己に、佐知子はもう一つ言葉を投げた。
「そういえば、さっきお前に電話があったよ。東京のなにがし…って言ってたけど」
「……お袋ー」
「なんだい」
「近いうち1週間程出てくるけど」
「はいはい。毎年何やってんだか知らないけど、お気をつけて」

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