キ/BR/02
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7月××日。
「相変わらず社長ってば、かっこいいおじ様だよね〜。穏やかで、優しそうだし」
「ばっかじゃねーの。業界でトップクラスの事務所の社長だぜ? 単に穏やかで優しいわけないだろ。営業用だよ」
「なによー。わかんないわよー?」
事務所で社長との顔合わせが済むと、一行は揃って移動を始める。その途中の車の中で、片桐実也子は中野浩太の言葉に頬をふくらませていた。8人乗りの中型のバンは事務所のもので、長壁知己が運転している。これから郊外にある馴染みのスタジオに向かうのだ。
メンバーやスタッフ、所属事務所さえ公表されていないメジャーバンド『B.R.(ビーアール)』。夏にしか出さない曲の数々だけは、チャートやCD売り上げランキングに名を列ねている。世間の噂では色々と憶測が飛び交っているようだが、その実、年に一度招集されるだけの、地方の一般人であることは極秘事項だった。
「俺は反って、あの社長は俺達個人には何の興味も持ってないように思えるね」
「なに、浩太。『B.R.』ってゆー商品として以上の興味を持たれたいわけ?」
辛口で乾いた意見をさらりと口にしたのは、最年少の小林圭だ。
「論旨が違うだろ」
「中学生にしてはスレた意見ですねぇ」
山田祐輔は圭の言葉に苦笑をもらす。
「フツーだよ、これくらい。祐輔は?」
「僕…ですか? そうですね、僕自身、あの社長に興味は無いので、深く考えたことはないです」
そんな風に言われて、圭、浩太、実也子は顔をひきつらせた。
「えーと、……あー、かのんちゃんはどう思う?」
「えっ?」
助手席で知己のナビをしていたみゆきは、突然話を振られて驚いたようだった。運転席と助手席の間から顔をのぞかせる。
「はい、何ですか?」
「安納社長ってどんな人? かのんちゃんなら詳しいんじゃない?」
「…そ、そんなことありません。他の仕事のことは全然知らないし…」
もう少し何か続きそうだったが、うまくまとまらないのかそれ以上は言葉にならなかった。大袈裟な程に否定するみゆきの姿は逆に怪しくも見れる。しかし器用にごまかせる性格でないことは周知であるので疑う者はいない。
みゆきの隣の運転席から声がかかった。
「おい。それより実也子、楽器、ホテルに置いてあるんだろ? 寄るから持ってこい」
「あ、はーい」
ボーカル、小林圭、十五歳。
ギター、中野浩太、十八歳。
ベース、片桐実也子、二十一歳。
キーボード、山田祐輔、二十四歳。
ドラム、長壁知己、三十四歳。
そして『B.R.』のプロジェクト発案者であり、責任者であり、作詞作曲とディレクターを担当する叶みゆき、十七歳。
彼ら6人が『B.R.』のメンバーである。
特記すべきことは、ボーカルの圭は変声期前のボーイ・ソプラノで、世間からは性別も判別できず、正体不明という点に一役かっている。ベースパート担当の実也子は、一般に使用されるエレキ・ベース・ギターではなく、オーケストラでも使われるコントラバス(弦バスともいう)を用いている。これは実也子の背丈以上に大きく持ち歩きが困難な為、ホテルに預けていたのだ。
「…なぁ、かのん。俺らが泊まるのもそのホテルなんだろ?」
窓から目を放し、浩太はみゆきに声をかけた。
「ええ。…社長の言い付けで、例年通り一週間程3部屋を予約しました」
「何か…、むちゃくちゃ不毛だと思わん? 毎年、ホテルで寝れるのって初日だけじゃん。あとは連日スタジオでカンヅメ。わかってんなら予約なんて無駄だと思うけどな、俺は」
「え、…はぁ」
「中野! かのんちゃん困らせるのやめなよー。それに本当はカンヅメなんかしないほうがいいんだから。ホテルで休んだほうが疲れもとれるし。そういうところ、気ぃ利かしてくれてるのよ」
車の後部席前方に座っている実也子が振り返り、あからさまな睨みを浩太に向けた。対する浩太にはそれについて激しい異論がある。
「……てめぇが率先してカンヅメ楽しんでるんだろうが」
「ぎく」
「いい齢してお泊りごっこではしゃいでんじゃねーよ。それに、カンヅメにまで追い込まれるのは誰かさんのNGが多いからじゃないのか?」
「誰かさんって、誰のことよっ」
「自覚がある奴。無いなら救いようがないな」
「中野っ! あんた圭ちゃんに年上に対する態度云々言うくらいなら、私に対する態度も改善しなさいよっ。私のほうが年上なんだからねっ」
「そー言うなら、おまえだって祐輔のこと呼び付けじゃねーかっ」
「お互いさまでしょっ!」
二人の刺のある会話をどう宥めようかとオロオロしているみゆきに、すぐ隣から声がかかった。
「あの二人は大丈夫。喧嘩を楽しめる奴等だから。…浩太のは悪気はないんだ。気にすんなよ」
「……はぁ」
笑いながらの知己のフォローに、みゆきははっきりしない言葉しか返せなかった。
(………)
知己はそう言うけれど、浩太の言葉の一つ一つはみゆきの胸を刺す。
ちょっと苦手。
気の良い仲間の中でも、みゆきにとって中野浩太はそんな存在だった。
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